100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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【一会】『謎のあの店 3』(完)……「ふらり」や「ついに」を、いつまでも

      2018/12/27

謎のあの店3 (Nemuki+コミックス)

 “前を通ったり電車から見かけたりしても入ったことはない、だけど気になる”お店に突入してみるエピソードをメインとしつつ、そこに作者の追憶や思いも込めて綴る、脱日常実録随想漫画『謎のあの店』。最終巻である3巻が出たのも丁度1年前になってしまいましたが、読んだので、あらましと感想を残したいと思います。

 当初は冒頭に書いたようなエピソードの多かったこの漫画ですが、作者にとっての“あの店”にも限りがありますし、それ以外のエピソードを適宜織り交ぜた形で今巻も構成されています。今巻に収録された各話8ページのエピソード達を、100夜100漫が自分勝手に分類したところによりますと、だいたい以下のような感じになるでしょうか。

○正統派“お店探訪”系
「あの民家カフェ」「あの総菜屋」「あの地ビール」「あのカレーそうめん」「あの電車見酒」「あのオーダーノート」「あの猫居酒屋」「あのモッチーピザ屋」

○寺社仏閣などの“ありがたみ”系
「あのぢの呪い」「あの戸隠神社」「あの諏訪大社」「あの富士塚」

○行ってみたかった“あの土地”系
「あの姨捨」「あの雲見」「あの五能線」

 他に、上記に分けられない感じの「あの日本酒」「あの湯治」の2篇がありますが、とりあえず分類ごとに印象的なエピソードを拾ってみようか、と思います。

カレーそうめんと戸隠蕎麦

 “お店探訪”系は、名前通り作者が(と、割と頻繁に担当編集さんが)色々なお店に行った時の様子を描く、この漫画のメインストリーム。お酒好き&猫好きな自分としては「地ビール」や「電車見酒」あるいは「猫居酒屋」のエピソードも心惹かれるところですが、ぜひ行って食べてみたいという意味では「あのカレーそうめん」が第一に来るかな、と。
 上野公園の一角にある売店で出されているというカレーそうめんを、作者と編集者のお2人で食べに行く話ですが、『孤独のグルメ』(100夜100漫第63夜)的な味のあるお店の描写もさることながら、カレーそうめんが普通に美味しいというのが何よりの情報です。
 家庭で試しても出ない味のようなので、何かの用事で上野に行くことがあれば、ぜひ味わいたいところ。ついでに(これはこの漫画とは関係ありませんが)上野公園の近くにある温泉銭湯「六龍鉱泉」にも再訪できたら云うことなしです。

謎のあの店3 (Nemuki+コミックス)
なってみなければ分からぬ辛さ
(Amazon掲載のサンプルより)

 次に“ありがたみ”系と付けたエピソード群ですが、これはお店ではなく寺社・仏閣などの有難い場所を訪れるもの。何と云っても「ぢの呪い」のインパクトが特大ではあるのですが(ちなみに「のろい」じゃなくて「まじない」です)、ここは「あの戸隠神社」の、断ち落としで表現された「奥社参道杉並木」のページの“ありがたさ”を推します。
 作者などの登場人物は割とデフォルメされているのに対し、店内や風景などは写実的に描かれているのがこの漫画の特徴なのですが、この杉並木の佇まいはその真骨頂。ざっくりとした味わいながらも丁寧な作画に、現地の清浄な空気を嗅いだ気すらしました。お蕎麦も美味しそうだし、戸隠も自分的な「いつか行ってみたい」リストに入れておくことにします。

磐長姫と死神

 続いて“あの土地”系は、作者が長年行ってみたいと思い続け、ついに行くことが叶った土地を旅してのお話たち。ここは、この漫画で初めて「雲見」という地名を知った「あの雲見」を挙げます。
 幼い頃に見た銭湯の壁画から、雲見(くもみ)という土地を知った作者。ついに訪れた静岡県賀茂郡松崎町雲見は、「世界一の富士見スポット」とか。折悪しく曇り気味で富士山が見えず、小さな集落を散策するのですが、曇りの理由を、富士山の女神である木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)とその姉である磐長姫命(いわながひめのみこと)、そして瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の神話(『古事記』などに詳しく載っています)に求める辺りがすこぶる雅で自分好みです。
 上の“ありがたみ”系もそうですが、作者が神様や仏様的なものに親しんでいく年齢に差し掛かっていくのが示されているのが、この漫画の裏テーマかなと思ったり。長い連載期間を思えば、頷けます。

 3つの分類からは取り上げるのは、こんなところにしておきますが、そこに入れなかった「あの日本酒」「あの湯治」も、ぐっとくることしきりの2篇でした。
 「あの日本酒」で登場するのは、島根の蔵元と東京の酒屋さんが生み出したというその名も「死神」という日本酒。洒落の効いたネーミングなこのお酒に、「いつか必ずやってくるまだ見知らぬ友」を重ねて飲む作者が素敵です。

 「あの湯治」は、タイトル通りに湯治に行く話ですが、体調が上向くと同時に自らの“思い込み”に思い至る様子が自然に描かれています。実在するお店等を適宜ぼやかして描いているこの漫画ですが、この湯治はぜひ行ってみたく。作中の佇まいをヒントに探してみようかと思います。
 温泉については、この9月に作者による半実録っぽい温泉旅行漫画『かけ湯くん』も初の単行本が出版されており、併せて読むのも乙なものです。

 ラストエピソードは、「あの五能線」前後編。五能線と云えば自分的には鉄道ヲタクに翻弄される面々を描いた実録漫画『鉄子の旅』(100夜100漫第34夜)で、ちょっと話題に出たことくらいしか知りませんでしたが、不老ふ死温泉(2つ目の「ふ」は平仮名がデフォルトらしい)やら津軽三味線やらを読んで、ここもぜひ行かねば、と思った次第です。

 見開きで描かれたあとがき漫画も読み終え、全59話、連載9年となったこの漫画も完結です。
 松本先生、いつもの日常から一歩はずれた処に広がる謎や味わいや面白さを、ありがとうございました。自分も自分なりの“ふらりと立ち寄ったお店”や、念願叶って“ついに行けた場所”で抱いた感覚や思いを大切にしたいと思います。また『かけ湯くん』や他の漫画で、お目に掛かるのを楽しみにしています。

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