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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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【一会】『プリンセスメゾン 6』(完)……そして今日も暮らしが始まる

プリンセスメゾン(6) (ビッグコミックス)

 居酒屋勤務で年収250万円ちょっとの沼越幸(ぬまごえ・さち)のマンション購入の顛末を描きながら、彼女と関係が有ったり無かったりする人々(主に女性たち)の、暮らしと住まいと孤独を描いた漫画『プリンセスメゾン』。

 最終巻となる2019年の1月刊行の6巻を読みました。その感想などを世界最遅と思われる今、語りたいと思います。

伊達家の人々

 今巻の冒頭から描かれているのは、持井動産のリーダー格で幸の物件探しも全面バックアップしてくれた、伊達さんの実家の様子です。昨年の年末年始は実家に戻らなかった(3巻参照)彼ですが、そのときの宣言通り、今年は帰ったようですね。

 物語の開始当初こそ、ずいぶんとドライに見えた伊達さんでしたが(1巻を読み直して驚きました)、実家の人々との関わり方はとてもウェット。振り返ってみれば、ボートに乗れないところなど、意外と感情が表に出る人物だったようにも思います。

 そんな彼の実家ですが、団地の一角にありました。普段は彼のお母さんが一人暮らしをしており、そこに子ども達が集まるのが伊達家のお正月のよう。伊達さんには上に2人のお姉さんがいるようですが、なかなか大変な人たちみたいです。

 そのせいなのかどうか、伊達家はかつて一軒家で暮らす比較的裕福な家だったようですが(p.22の写真より推察)、今はそこを引き払っており、父親も居ないようです。

 そういう実家に対して、恐らく伊達さんは複雑な思いを抱いていることでしょう。けれども、少なくとも母親に対しては愛情を持っているようです。それは、彼が実家にお金を入れていることや、仕事中お客に対してぽろりとこぼした言葉(p.28)からも明らかだと思います。

要さん宅にて

 また、幸のマンション購入(とその後の暮らし)と並行して物語の軸となっている、幸と要さんとの交流も続けて描かれています。元は顧客と、持井不動産の契約社員だった2人ですが、いまや無二の親友のようです。

 この2人、歳はけっこう離れていると思うのですが、気が合うんでしょうね。4巻について書いた時、要さんは「“命を燃やすもの”を見いだせなかった者」で、それを見つけている人(アーティストや幸)に憧れるような気持ちを持っていると考えていました。

 今もそう捉えてはいるのですが、だからと言って幸が要さんを見下しているわけでは勿論ないですし、要さんが幸を崇拝しているわけでもありません。ちょうどよい距離感が、両者の付き合いが長続きしている理由かと思います。

日なたの思い出

 今巻では、少しだけ幸のお母さんの生前のエピソードが語られています。なかなか苦労はしていたみたいですが、それでも母と娘は助け合って暮らしていたようです。

 ただ、そういう優しい挿話の直後、現在の幸が風邪を引いてしまった場面に繋がるのは、落差が強調されて余計にかわいそうに感じます。

 要さんは実家の方でお見合いをして知り合った(5巻参照)高岡さんと結構うまくいっていて、遠距離恋愛に一喜一憂の真っ最中。予定通り高岡さんに会えなかった代わり(というのもなんですが、本人がそう云っています)として、風邪ひきの幸のお見舞いに来てくれます。

 「代わり」ということを自分で認めて落ち込む要さんですが、動じずむしろ励ましてくれる幸はさすがのメンタリティの持ち主です。

 実際、一人暮らしで風邪をひくと、程度によっては死を覚悟することがありますからね。代わりだろうと何だろうと、お見舞いに来てくれて、お粥まで作ってくれるなら、自分なら何も云う事はありません。

お粥を一緒に食べながら、「近くにいると/すぐに駆けつけられていいね。」と要さんはこぼします。自分で口にしたこの一言が、彼女の背中を押したのでしょうか。

手に入るもの

 主要登場人物らの物語から視点が離れ、高台の家で夫と子ども、義理の母と暮らす女性のエピソードが挿入されます。読み進めると知れますが、幸のマンションのご近所さんのようですね。

 彼女――桧敬子さんの日常は、特に大きな不満はないけれど張り合いとしてはもう一つの様子。図書館でリクエストした上方落語のビデオが楽しみのようで、それを真似する姿は、なかなか堂に入っていると思います。

 幸と知り合い、少しばかりお喋りする敬子さんですが、「人生の中で手に入るものなんてほんのちょびっと」という言葉には実感がこもっています。そうは云っても幸より多くのものを持っているような彼女のこの一言は、幸にどう響いたでしょうか。

 ところで、図書館へのリクエストは、自分も結構やります。しかし、自分の住んでいるところの自治体は本に関してはケチなのか、なかなか通りませんね(単にリクエストする本がマニアック過ぎるのかもしれない)。

決意と、そして

 今巻後半の主要な内容としては、要さんの決意を発端とする一連の展開です。高岡さんとお互いを深く分かり合おうとした彼女が選んだ道は、至極自然なものだったと自分は思います。

 ただ、伊達さんや後輩の阿久津さんには結構なショックだった模様。幸は“去る者追わず”のようですが、それは自分が素直に寂しい気持ちを伝えられないからだと自己分析します。代わりに人の役に立ちたい、とも。

 思えば、この漫画の当初から、彼女はそうだったように思います。“物語”が人物の変化を描くものだとすれば、結局、幸は何かが変わったのでしょうか。

 憧れの三ツ口コンロで料理をする程度には変わりました。けれども、根本的に人に頼れない点は変わっていないように思います。ならば、この漫画は物語ではなかったのかもしれません。物語の主人公としては、幸という人物は生々し過ぎた、ということなのかも。

 しかし、だからこそ彼女の在り様はリアルです。以前とから変わったと自分は思うけれど、周囲の人からすれば変わらなかったり、確かに変わったと思う瞬間はあっても、やはり本質は変わっていなかったり。自分を含め、現実を生きる殆どの人は、幸と同じようにそんなものではないかと思います。

 しかし、いずれにせよ、最終話の1つ前のエピソードで彼女が見せた団扇には、熱いものが込み上げました。彼女なりの精いっぱいの気持ちの表れだったのでしょう。余白が多用されたp.180~188の辺りの画面は際立って印象的です。

「こともなし」とはいかないけれど

 そして、日々は続いていきます。

 幸の部屋の向かいのマンションに住んでいた江藤さんは、新生活をスタートさせました。以前は伊達さんに注意されることの多かった持井不動産の阿久津さんも奥田さんも、なかなか仕事が板についてきたようです。

 その伊達さんも、まだまだ仕事を追求しようとしています。彼が眼鏡を外した姿を、この最終話で初めてちゃんと見ることができました。幸もまた、変わらず居酒屋「じんちゃん」での仕事に打ち込んでいるようです。

 各地を転々として北海道に引っ越したデザイナーの恩納さんも含めて、「すべて世はこともなし」という古い文句がぴったりくる、日常の平和が溢れた最終話だと言えるでしょう。

 ただ、「こともなし」と云っても、それは遠景として世を見れば、の話だと思います。それぞれの人や生活をクローズアップしてみれば、そこには喜怒哀楽があって、あざなえる縄のような禍福があるはず。それは、この漫画でもずっと示されてきたことです。

 各人それぞれの事情があることを知れば、「世はこともなし」とはとても言えません。けれど、それでもここに描かれた最終話は平穏そのものです。

 新型コロナウイルスによって今は失われている日常――平穏というものの尊さが、いま読むと一層迫ってくる、そんな最終話ではないか。2020年のいま読むと、そう考えてしまいます。

『プリンセスメゾン』の意味するところ

 ところで、この漫画のタイトル「Princess maison」はフランス語と思われますが、直訳すると「王女 家」で、うまく意味が取れません。何を意味しているのか、少し考察したいと思います。

 「王女」と「家」という2つの要素について、この漫画の展開と併せて考えると、まず「家」は容易に分かるでしょう。では「王女」は何か。恐らくは、それぞれの住まいに暮らし、それぞれの人生を生きる女性たちは誰もが「王女」である、という意味かと推察します。

 もちろんこれは王族などの意味での「王女」ではなく、“自分の主は自分である”という類の意味において、ということでしょう。幸のように、あるいは要さんのように、自分で考え自分で判断して生きる人々への賛意を込めてのタイトルなのだと思います。

おわりに

 最終話の後ろには、その後の幸や要さんなどを描いた2ページが。それらを読めば、今巻はおしまい。すなわちこの漫画は完結です。

 とても多くの生活が描かれ、それが絡み合った不思議な魅力を築いている漫画だったと思います。そこに表れてくる“孤独”というものが、哀しみであったり時には不思議と癒しにも感じられる、そんな作品でした。

 作者の池辺先生、およそ4年の連載、たいへんお疲れ様でした。また他の作品でお会いできるのを楽しみにしております。

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