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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第206夜 それはまるで天鵞絨のような悪…『校舎のうらには天使が埋められている』

      2018/07/24

「ようこそ/4年2組へ/ずぅ――――っとなかよしでいようね」


校舎のうらには天使が埋められている(1) (講談社コミックス別冊フレンド)

校舎のうらには天使が埋められている小山鹿梨子 作、講談社『別冊フレンド』掲載(2011年8月~2013年5月[本編]、同12月~2014年4月[後日譚〈触〉編])

 赤ヶ瀬小学校4年2組に転校してきた後堂理花(うしろどう・りか)は、内気な性格から周囲に打ち解けられず悩む。そんな彼女に手を差し伸べたのは、美しく優しげな蜂屋あい(はちや・――)だった。
 しかし、理花の安堵は束の間だった。4年2組は、“女王”のように君臨する1人の児童のもとに統制され、「わんこ」とされた者は級友のほぼ全員から苛烈ないじめを受けることとなる恐怖のクラスだったのだ。前の「わんこ」は、夏休み前に校舎から転落死した少女、曽良野まりあ(そらの・――)。彼女の代わりとして、今また新たな「わんこ」が生まれた。
 そんなクラスの状態に、浜上優(はまがみ・ゆう)など内心反感を持つ者もいた。しかし“女王”の粛清は容赦なく、担任や、違和感を抱いた他クラスの教師たちもみな、あしらわれてしまう。“女王”の支配に屈せぬ者はいなかった。ただ1人、「死神」呼ばわりされる黒髪の少女、光本菜々芽(みつもと・ななめ)を除いては。
 小さな友情から、ついに“女王”との対決を決意する菜々芽。合唱コンクール、野外学習、美術館での写生実習。命すら狙われながらも菜々芽の、そして彼女に呼応した児童の戦いは続く。“女王”の君臨する意図とは、何だったのか。
 3年後、名門と云われる月見ヶ峰学園中等部に、菜々芽と優は進学していた。ここでも繰り返される“女王”とその支配によるいじめ。そして、同時に街で頻発する覆面集団による中高生カップルへの暴行「リア充狩り」。かつてと同じく対決しようとする菜々芽だが、事態は思わぬ方向に傾いていく。罪を着せられた彼女と4年2組時代のクラスメイト達が辿り着いた真実とは――。

「クラスメート一覧」が出る類の物語
 小学4年生の児童を主要な登場人物としながらも、過激ないじめの描写で物議をかもした漫画である。特に序盤の展開は凄惨で、賛否両論あることは否めない。しかし、確かにいじめの描写は強烈ではあるが、次第に見えてくる物語からは、それだけが売りというわけではない印象を受ける。といって、いじめの標的となった者の受難とそこからの脱却を描いた漫画であるかというと、それもまた違うように思える。
 そう感じる理由としては、この漫画が複数の人物の視点から描かれる群像劇であるということがあるだろう。いじめられている児童からの視点もあれば、周囲の児童だったり、教師からの視点であったりすることもあるのだ。
 この漫画の実質的な主人公は菜々芽だが、そうした群像劇的側面もあって、彼女が主体的に動き出す2巻半ばまで、それ以降の本編ラストまで、中学生になってからの後日譚である5巻以降では、内容的なジャンルがかなり異なっているように思う。私的な感覚で順に表現すると、最初が触れ込み通りのエレメンタリー・サスペンス、次にサイコミステリ(異常心理の登場する推理もの)、最後は学園ミステリという印象だ。
 内容の過激さ、群像劇、そして毎巻の冒頭に「児童一覧」が付されているところから、自分は中学生同士のデスゲーム(殺しあい)を描き、その凄惨さによって日本ホラー小説大賞を逃したとされる高見広春『バトル・ロワイアル』(第202夜にて漫画版に言及)を連想する。
 さすがに、同作のように登場人物がどんどん死んでいくなどという展開ではないが、クラスという閉鎖状況の中での異様さや、そもそもそうした閉鎖状況を作り出す学校という制度そのものの違和感めいたものが強く描かれているところなど、共通する部分もあるように思う。

恐るべき子どもたち
 最初の違和感の話に戻ろう。“いじめについての漫画”という表現が適当でないのなら、この漫画は何を描いていると云えるだろうか。
 それは、閉鎖された組織の恐ろしさではないかと思うのだ。“女王”と組織的ないじめという構図が後日譚でも繰り返されることからも、あるいは“組織という概念”自体が主人公と云うこともできるだろう。そういう見方に立てば、4年2組という児童たちの組織だけでなく、教師たちの間でなされる保身や事なかれ主義といった組織的反応の何とも云えない薄汚さもまた、この“恐るべき子どもたち”と相似形を成すものとして描かれているのだと思い至る。
 と云いつつも、菜々芽と対峙する“女王”を、もう1人の主人公としたピカレスクストーリーとしてこの漫画を読む見方もやはり魅力的だ。小学4年生とはとうてい思えない知略を有し、恐怖だけでなくカリスマ性によってもクラスメートを配下に置き、超然としている反面、人間的に破綻をきたしているという“女王”は、異常さとある種の偉大さすら併せ持った見事なまでのアンチヒロインである。
 悪者の素性を描き過ぎると、“悪になった理由”を描写することになってしまい、悪に徹し切れない人物になる、とはよく云われることだ。しかし“女王”に関しては、ある程度踏み込みつつ、悪の機能を損なわれないような描き方がされているため、読者は彼女に最後の最後まで戦慄させられるだろう。逆に勧善懲悪的なカタルシスは得られないに等しいが、それを補って余りある優雅な悪を見ることができる。
 構成の話をすれば、「児童一覧」付きの群像劇ということから、もう少し多くの生徒(できればクラス全員)が絡められたエピソードがあればと思わないでもないが(顔と名前は出ているものの台詞が一度もない子などもいる)、連載の進行上、困難だったのだろう。
 ともあれ、小学生らしからぬ過激さながら、組織内の個々の人物の振る舞いには「全く有り得ない」とも云い切れないリアルさを有した漫画である。読者を選ぶのは間違いないが、混迷するクラスの中で孤軍奮闘する菜々芽の姿に人間的気高さを感じるのも確かだ。全7巻を一息に読み下して味わい尽くされたい。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(16.8 x 11.2cm)、全7巻。電子書籍化済み。

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Comment

  1. 白砂 より:

    ご連絡フォームに不具合があり、こちらからご連絡させていただきました。
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    メールにて詳細ご連絡いたしますので、
    ご興味がありましたら、私のメールアドレスまでご連絡くださいませ。
    お待ちしております!

    • 100n100r より:

      白砂さん
      ご返事が遅くなってすみませんm(_ _)m
      ご指摘の通り、フォームは確かに不具合があるようで恐縮です。
      リンク先を拝読した上、別途ご連絡させて頂きます。

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