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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第204夜 惑い彷徨ってこそ、救う世も在れ…『水使いのリンドウ』

      2018/07/24

「わからないよアッシュ…/いままでも何も知らずに間違いだらけだったんだ……/自分が正しい自信は何もない…」


水使いのリンドウ 1 (ジャンプコミックス)

水使いのリンドウ一色登希彦 作、集英社『ジャンプSQ.19』掲載(2010年8月~2012年6月)

 竜と皇族(おうぞく)の間に交わされる百年契約で成り立つ“日の東の國”(ヒノサキノクニ)。幕府直属で最強の水術士、“水使い”の通り名を持つ少年リンドウは、竜との「契約の改め」を直前にひかえた皇女であり幼馴染みでもあるエナの護衛任務を命じられる。都ミズシロの皇領区に赴いたリンドウだったが、そこでエナともども謎の勢力の襲撃を受ける。しかも騒動の末に現れた大竜は、新たな契約を行わないと語り、使い代として小竜ウィルを残して消えてしまうのだった。
 契約を交わし直すため、竜の住む“竜の地”を目指してリンドウとエナは旅立つ。國の行く末を憂いながらも策謀を巡らせあう統幕勢力と幕府方、膨大な力を産出する“炉”の燃料にするため、この國の竜を欲する異国、そして自分たちの土地を捨てては生きられない民衆。旅の途上でまみえる物事が、世界を知らぬ2人に現実を突きつけていく。
 幕府で将来を嘱望されながら野に下って機巧や竜を研究しているクジュウや、汽動重騎リンブルフ號を駆る舘の國(だちのくに)の少年アッシュ、そして、異国からこの國を護ると云う若き幕府将軍マナ・ミズビキ公。対立する幾つかの正義は混迷を招きながらも、國の趨勢は世界の覇権を握る亜の國(アのくに)との戦に傾いていく。
 竜との百年契約とは何を意味するのか。そしてミズビキの真の目的は何か。それらが明らかになり、この國と世界の姿を知った時、リンドウは一つの決断を下すのだった――。

それは予言ではなく
 「火は1日で森を灰にするが、水と風は100年かけて森を育てる」。『風の谷のナウシカ』に、そんな言葉がある。なかなかに重い意味を持つ言葉だが、こと漫画やゲームといったサブカルチャーにおける能力バトルでは、やはりメジャーなのは炎や風であろう。水属性と云えばしっとりとした美女や二枚目が配置されはしても、主役格の能力として出てくることは、あまりないと思う。
 そのようなわけで、題名に「水使い」とある時点で既に珍しいのだが、それ以上にこの漫画が特異に思われるのは、その展開によるところが大きい。当初こそ“水術士の能力による治水や農業をテーマにした、ちょっと珍しいファンタジー冒険活劇”というような物語を予感させながら、次第に浮き上がってくるのは、テクノロジーと自然と国際政治という、かなり重いテーマなのだ。
 こうしたテーマは、2011年3月の震災に伴う福島第一原発の事故以来、メディアの大小を問わず幾度も議論されているものだ。が、この漫画はそうした現実での動きを受け、路線変更されたものではなさそうだ。なぜなら、少なくとも第3話「竜を燃やす世界」までは、震災以前に脱稿していなければ辻褄が合わないからだ。
 ここで自分は、単純に「震災以後を予言した漫画があった。凄い!」というようなことを云いたいわけではない。それはあくまで結果論だろう。
 それよりもむしろ、「竜を炉で燃やし膨大なエネルギーを得る。しかしそれは土地に満ちる“真名(マコトノナ)”を燃やすということであり、燃やした後の大地には草木も作物も生き物もいっさいが育たない」という設定を、震災とは無関係に生み出した作者の発想力を凄いと云いたい。さらに加えるならば、その設定を日本の幕末チックな世界観と組み合わせた点もまた、離れ業だろう。

哀しきカタルシス
 もっとも、「自分としては珍しく、先をあまり考えずに描き始めた作品」(第1巻袖コメント)と作者が云っている通り、物語としての展開はいささか行き当たりばったりという印象を受けないでもない。全3巻という分量も、当初から企まれた規模に収まったというよりも、商業的な反応に鑑みながら、どうやらこれくらいの話にした、という方が事実に近いのではないかと思われる。
 しかし、その“先の知れぬ感覚”が、作中でリンドウやエナの感じる困惑とシンクロし、不思議な魅力に繋がっていることは否めない。そしてまた、ただ白いご飯が好きで水術士となったリンドウと、皇女ながら魔術に関しては落ちこぼれで世界の成り立ちも仕組みも知らないエナは、そのまま現実世界の少年少女と(そして恐らくは多くの大人とも)重なりもする。
 そんな2人だから、物語の中心に居ながらも、幕府や異国といった勢力に懐柔されたり囲い込まれたり、あるいは感情に任せて暴走したりで、胸のすくような大活躍というわけにはいかない。終盤まで個々のエピソードが2人に残すのは「ちゃんとしなきゃ」とか、「これ…/俺たちがやったことなのか…」という苦味のあるモノローグだ。
 しかしそれでも、リンドウの最後の選択はカタルシスに満ちている。ただしそれは、少しの哀しみを伴ったものでもある。水のモチーフにふさわしい、静かに澄んだ幕切れと云えるだろう。
 物語の冒頭において、國が「別の新しい言葉でまとまり直すことを選びつつあるため」に、竜はエナと新たな契約を交わさなかった。そのようにして始まり、「「この今」に繋がる」(第1巻、第3巻袖コメント)ことを目指した漫画である以上、「この今」を生きる我々に懐かしさと鈍い痛みを残す読後感なのは、当然と云えるのかもしれない。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.4cm)、全3巻。1・2巻カバー下に劇中メカニックの設定画あり。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

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