【一会】『月影ベイベ 6』……大人の強さ、大人の弱さ
2018/07/21
富山県八尾の伝統舞踊“おわら”を遠景に、“おわら”の踊り手である高校生の佐伯光(さえき・ひかる)と峰岸蛍子(みねぎし・ほたるこ)、光の伯父である佐伯円(――・まどか)の三角関係を中心とした人間模様を描く『月影べイベ』も、先月6巻の発刊となりました。実際の富山市八尾町での「おわら 風の盆」は9月の初旬に行われたようですが、作中での季節はまだ夏。本番に向けての練習がありつつ、物語は紡がれていきます。
今巻は、大きく3つのパートに分かれていると云えそうです。以下、順に触れます。
1つ目は、“おわら”の練習を通じての蛍子と、今巻の表紙を飾っている千夏、鳴美の関係です。高校生“おわら”の指導者的立場にある千夏と、蛍子たちと同年代の鳴美は4巻から登場しており、鳴美が蛍子に反感を抱いている様子が描かれていましたが、演技発表会や円たちの過去篇があってそのままになっていました。
今巻の前半で、どうにか彼女たちの関係にも一件落着が訪れ、ほっと一息ですが、鳴美の心情は想像できていたものの、千夏さんの抱える“とある事情”は意外でした。だからこそ、高校生たちに悔いのないよう踊ってもらいたいということなのでしょう。“おわら”の踊り手の引退が25歳なら、高校生たちが17歳としても、あと8回くらいしか風の盆で踊れないということですし。
それと、仲間外れにされた蛍子の背中を押したお婆ちゃんの言葉もまた、心に沁みました。自分も子どもの頃、何かで落ち込んでいた折に伯母に「胸張れ」と励まされた記憶がありますが、確信に満ちた励ましを受けると、何とも心強い気持ちになりますね。
「言いそびれてこじらせたら/後からじゃ/どうにもならんこともあんがよ」とは、きっと娘(繭子)を悲しく喪ったことから出た言葉だと思いますが、辛い記憶を抱えながら、それを孫には繰り返させまいとするところに、大人の強さを感じます。
今巻2つ目のパートは、円の家に寄寓している富樫漸二(とがし・ぜんじ)の素性と、彼の物語とでも云うべきでしょうか。円の過去を紐解くための存在として登場したかと思われた漸二でしたが、彼もまた“おわら”と共に生きてきた過去があったということです。飄々としたうわべに反して、父上とのわだかまりは根深い様子。それに喝を入れるのは蛍子ですが、彼女の脳裏には自分が千夏や鳴美と打ち解けた時に支えとなった祖母の言葉があったのでしょう。
自分を顧みてもそう思うのですが、大人にとって“凝固してしまった過去のしこり”というものを蒸し返して、やり直そうとするのは、子どもにとって以上に億劫だと思います。もちろん、それは弱さ故なのですが、蛍子はそんな漸二の“大人の弱さ”に発破をかけてきます。いや確かに漸二の云う通り「怖い女」かも。
漸二と彼の父を、“おわら”の歌が仲立ちするシーンは、まるで和歌を詠んで相手に捧げる古文のエピソードのような印象で、斜に構えた漸二がここぞとばかりに素直なのもあり、すっきりした味わいです。
そして3つ目、紙幅にしては僅かですが、光と蛍子の一幕も重要なシーンでしょう。
3巻の末尾で登場した、富山きときとテレビの川瀬鮎美(かわせ・あゆみ)さんが、やはり円に接近しているようですが、それに何となくやきもきした光は、蛍子にぽろりとこぼしてしまいます。
直前に「白黒はっきりさせたらいいねか」と自分で云った手前、瞬間的に腹を決める光は男前ですね。浮かぶ月が、そうさせたのかもしれませんけれど。
ともあれ、3人の物語はまた回り始めるようです。どうやら連載誌では現在連載休止のようで、単行本7巻も2016年発売とだけ巻末に記されており具体的な時期は分かりませんが、今巻の帯によれば連載は今冬再開予定とのこと。付録で掲載されている「かきおろし おわらの踊り方 女踊り(新踊り)」を眺め、これまでの軌跡を思いつつ、次巻を楽しみにしたいと思います。