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【一会】『プリンセスメゾン 5』……つづく日常の中で生きる

      2020/05/24

プリンセスメゾン(5) (ビッグコミックス)

 26歳、年収250万円ちょっとの沼越幸(ぬまごえ・さち)のマンション購入を主軸に、様ざまな人物の暮らしと、住まいと、そして孤独を描いた漫画『プリンセスメゾン』。5巻が出たのは、2018年の3月。もう2年以上前の話になってしまいました。

 ながらく自分が記事を書くのを中断している間に、既に6巻で完結した本作ではありますが。改めて5巻から、内容と感想を書いていきたいと思います。

 今巻では、マンションを買って実際に住み始めた幸のその後はもちろん、幸と友人関係となったマンションギャラリーの契約社員・要(かなめ)さんに訪れた転機、そしてこれまでの巻でもそうだったように、彼女達と緩やかに繋がる幾人かの女性の暮らしと住まいと、そして孤独が描かれています。だいたいページ順に見ていくことにします。

暮らし始めた、その後に

 既に3巻終盤で幸はマンションの購入をし果せたわけですが、実際に入居したのは前巻の後半。彼女のマンション暮らしが本格的に描かれるのは、今巻からということになります。

 まだまだ戸惑うことも多いようですが、幸はしっかりと、マンションの建つ街に根付こうとしている様子。マンションギャラリーの伊達さんは、そんな彼女に仄かな想いを抱いていそうですが、気が気でないのも分かります。

敏腕秘書のみた夢

 そんな幸の物語から視点は離れ、とある庭のある物件を購入した女性の話が挿し挟まれます。とある会社で、秘書兼通訳として働いていたらしい、末摘さんという女性です。

角田光代 訳 源氏物語 上

 彼女の「末摘」という苗字からは、『源氏物語』に登場する女性のひとり、「末摘花」が容易に連想されます。しかし、どっちかというと「朧月夜」か「朝顔」の方が、末摘さんの境遇には似ているような。

 それはともかく。辛い恋を終えた彼女は、通訳として独立し、母と二人暮らしするために郊外の物件を購入したようです。

 “きれいなもの”が好きな彼女ですが、今インスタに載せるのは、庭よりも老いた母親の手。それでも、瞼を閉じた一瞬、心に浮かんだのは、別れた人と暮らし、老いた自分たちの姿でした。

 緑茶の香り漂う、淡く悲しいエピソードですが、新しい仕事も希望が持てそうですし、末摘さんにはこの先も頑張ってもらいたいです。

誰かの体温

 物語の視点は、故郷で祖父の葬儀に参列している、要さんに移ります。「見合いおばさん」をしているという、親戚のおばさん(この人も結構な年輩のようで、足元がふらついています)に勧められた要さんは、お見合いを決心した様子です。

 帰京しての休日、幸と職場の後輩・マリエと3人でピクニックをしている際、要さんは2人にそのことを告げました。「重なる誰かの体温の温かさは、/もうずっと知らないでいるでしょう」。おばさんの言葉は、要さんの心に強く響いたようです。

 お見合いをすると聞いた、2人の反応はそれぞれでした。マリエは背中を押しますが、幸はちょっと困惑気味。自分の隙間を埋めるためではなく、自分が満ち足りていてもなお惹かれる人と付き合うべきでは、というのが彼女の考え方のようです。

 幸の言葉に、要さんは少し考えたようでしたが、年齢も立場も違えば、考えが違うのは当然です。そう要さんは応えました。しかし、何がしか思うところはあったようでもあります。

 実際、多少打算的な考えにはなるかもしれませんけれど、特に歳をとってくると、一人暮らしはなかなか大変なことも多いように思います。そういう必要性と、恋愛感情がうまく揃うと好いのではないでしょうか。

見ていてくれるもの

 次に描かれるのは、高齢ながらマンションを購入でき、一人暮らしをしている女性。実はこの女性、幸が住み始めたマンションの住人なんですよね。既に幸とも顔見知りのようです。

 身支度を整え、途中で花を買った女性が向かった先は、墓地でした。まずは父母の墓前で近況を報告し、次に友人と思われる「ゆりちゃん」の墓にも参ります。

 「ゆりちゃん」に女性が語るのは、生前、疎遠になってしまった理由です。結婚し子どもも生まれた「ゆりちゃん」と会うと、愚痴を言ってしまう自分が嫌だった。そう、女性は云います。

 それでも女性は、何でもない日常の素晴らしさについて語り、生きることが辛くなったり寂しくなることは「贅沢な話」だと語ります。

 自分に無いものを持っている友人に、何も思わず接することができる人は、きっと少ないことでしょう。この女性も、恐らくこの歳になって初めてそういう境地に至れたのだと思います。

 祖父母の墓にも参って、帰ろうとした際、彼女の名とともに「またね」とかけられた言葉は、女性を見守っていてくれる、故人のものだったのかもしれません。

迷いながらのお見合い

 再び、物語の視点は要さんに戻ります。お見合いのため、仕事の契約更新を少し待って欲しいと告げたことに、伊達さんは驚いた様子です。

 この伊達さんも、なかなか独身で完成してしまっている人物ですよね。自分としては、幸が気になるなら「もう少し話しかけてみれば?」とも思うのですが、それは要さんも同感の模様です。

 幸の勤め先の居酒屋「じんちゃん」を訪ねた要さんは、幸に一時帰郷を伝えます。「すぐ戻ってくる」とは云いますが、キラキラした東京には惹かれ続けている様子です。

ちょっと余談

 余談ですが、自分は東京都下の出身で、大学生になるまで殆ど地方を訪れたことがない世間知らずでした。なので、逆に地方の静けさとか夜の暗さ、というものは、20歳くらいまで知らずに過ごしていたことになります。

 要さんや幸とは経緯が逆ではありますが、確かに東京ってキラキラしているよな、というのは同感です。それを彼女達と同様に「きれい」と感じることもあるし、逆に疎ましいと感じる時もあるのですが。

いざ、お見合い

 さて、おばさんにメイクやファッションを指導してもらい、いよいよ要さんのお見合いが始まります。相手の高岡さんは、40前後の研究職。ちょっとくたびれていますが、優しそうな男性です。

 食事の後、そぞろ歩きながら2人は語らいます。話題は女性が1人でマンションを買うことや、やはり結婚について。絶対に結婚したいわけではないけれど、何かが変わるかもしれない。要さんは自分の結婚観を、そんな風に表現しています。

 要さんの胸中には、幸のことが浮かんでいました。幸は、いつしか要さんにとっての希望になっていたようです。恋をしていなくても毎日を愛おしむことはできる。孤独が心をむしばむことなんて、ない。幸の生き方は、そのことを要さんに強く訴えたんだと思います。

 そのことを高岡さんに告げた要さんの表情は、静かで強い意志を感じるものでした。ややあって高岡さんが微笑んだのは、同意できるところがあったからかもしれません。

清算、あるいは要否と損得

 幸がマンション暮らしにもそろそろ慣れた頃、とあるマンションの一室の内覧が行なわれていました。持ち主の江藤さんは本気で部屋を売りたいようですが、嘘をつけないタイプらしく、なかなか契約が決まらないようです。

 実は、この一室というのは、幸の部屋と向かい合う部屋ということが明かされます。前巻で要さんが幸の部屋を訪れた時、窓を開けたら喧嘩のような物音が聞こえてきたところですね。部屋を売りたい理由は察せられます。

 一方、なかなかうまくいっているらしい要さんと高岡さんの話などしながら、幸たち3人は高島屋らしきデパートに入ります。そこは、江藤さんの職場でもあったようです。

 江藤さんの仕事は美容部員。後輩の話からすると、仕事でもやっぱり嘘のつけない人のようです。自分は、こういう人の方が信用できるんですが、世の中の常としては、残念ながら損することが多いですよね。

 けれど、要さんの後輩のマリエは、美容部員としての江藤さんを「最高なんだ」と評価しています。見ている人は見ているもんです。損得抜きで清算したかった部屋にも、ほどなく無事に買い手が現れますし、江藤さん、ほっと一息つけることでしょう。

変わらない人生、変わる景色

 江藤さんの部屋の売買に携わる不動産屋の女性(確かこの方、1巻にも出てきましたね)にも人生があります。
 要さんはお化粧を少し気にするようになって、高岡さんと幾度も会っているようです。

 そんな風に日々が降り積もり、幸の部屋にもテーブルなどが届き、だいぶ生活感が出てきました。「どこにいたって/くり返されるのは同じ毎日だし」と、幸は仕事場である居酒屋「じんちゃん」の後輩に語ります。

 家を買ったからといって、それで人生はハッピーエンドではない。早くに亡くなった自分の両親は、突っ張った生き方をする自分を、心配しているのではないか。幸はそう云うのです。

 それでも、マンションを買ったことを後悔したことは一度もない。夜更けに「じんちゃん」を訪れた伊達さんに、幸はそう云います。

 部屋でひとりお茶を飲む幸(p.169)は、心細そうにも見えます。が、「これは私の人生だから」と後輩に穏やかに語る表情を見る限り、大丈夫でしょう。伊達さんとも少しは仲良くなっているようですし。

 最後に、前巻にも登場したグラフィックデザイナー(?)の恩納さんの様子が描かれます。仕事が場所にとらわれないのを活かし、各地を転々とする彼女は、いま札幌に住んでいます。

 ある意味、幸や要さん、仕事の制約のもと住まいを選ぶ多くの人々への対比として登場してきた節のある恩納さんですが、景色が変わっても人生が変わらないことを一番実感しているのは、この人かもしれません。

 それでも人生を彩るものがあるとすれば、結局それは人との関わりかもしれない。人間嫌いを公言する恩納さんですが、北国でそれを自覚したのかもしれないな、というように読めました。

次巻、最終巻

 巻末に、前巻に登場したインテリアコーディネーターの花音さんの仕事ぶり、幸のお風呂事情、出待ちする要さん、という1ページ漫画×3を置いて、今巻は幕となりました。

 最終巻である6巻も既に確保済みです。ゆっくりではありますが、読み次第、感想を書いていこうと思います。

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