「英国はひとつだが中にはふたつの国が在るのだよ/すなわち上流階級以上とそうでないもの/このふたつは言葉は通じれども別の国だ」 『エマ』森薫 作、エンターブレイン『月刊コミックビーム』掲載(2001年12月~2008年2月) 1890年代、英国。ヴィクトリア朝の終……
第61夜 真摯に生きる生物の姿は時としてスプラッタだ…『寄生獣』
「…………この前/人間のまねをして…………/鏡の前で大声で笑ってみた……/なかなか気分がよかったぞ……」
『寄生獣』岩明均 作、講談社『モーニングTHE OPEN』→『月刊アフタヌーン』掲載(1989年8月~1994年12月)
地球上の誰かがふと思った。「生物(みんな) の未来を守らねば……」。
その思いを誰が拾い上げたのだろう。ある夜、テニスボール大の「それ」らは人間社会に降り注いだ。「それ」らは人間の体内に入り込み、脳に寄生して全身を支配した。寄生体――パラサイトは人間そっくりに擬態し、高い学習能力で言葉と知識を習得して人間社会に溶け込んだ。身体を変形させ強力な殺傷能力を発揮する彼らの捕食対象は、人間である。
高校生の泉新一(いずみ・しんいち)の体内にもまた、「それ」は侵入を試みたが、幸か不幸か右腕への寄生に留まってしまう。人の命を命と思わない未知の知的生命が右手に宿ったことに新一は狼狽するが、否応なくその右手――ミギーと共同生活をすることになる。
人間の意志を残したままパラサイトの能力を有する新一たちは、他のパラサイトから危険とみなされ命を狙われる。それでなくとも、世間ではパラサイトが跋扈して「ミンチ殺人事件」が急増しているのだ。半ば巻き込まれるように、新一は人間対パラサイトの戦いに身を投じていく。
シンプル思考
口コミやネット上でのレビューではよく言及される人気作である。人が輪切りにされたり生きたまま喰われるシーンが多いので苦手な読者もいるかもしれないが、そうしたスプラッタ色で彩られたバトルシーンは面白くありつつも、表層に過ぎないと云いたい。本作の本質は、“もしも、自己の保存について極めてシンプルな発想を有する知的生命体が存在して、人間の言語を話せたら”という思考実験なのだと思う。
パラサイトたちの言葉からは人間的な感情はほとんど感じられない。例えば『うしおととら』の妖(ばけもの)のように、人間の心を積極的に理解しようとはしないのだ。これは、新一の右手に寄生したパラサイト、ミギーであっても例外ではない。むしろミギーはパラサイトの中でも合理的な度合いが強い固体と云えるだろう。彼らのシンプルな思考は、生物として責められる謂れはないし、そのシンプルさゆえに、逆に人間社会の矛盾や傲慢さを鋭く突いてくることもある。
作画面でも、パラサイトが視ているであろう“物体としての人間”を念頭に置きつつも、情緒的な風合いを簡略な画で示している。なかなか類例のない画と云えよう。
あまりいじめてくれるな
野生動物やウイルスのように自己保存の本能に忠実でクールな思考を展開し、捕食にあたっては強靭な刃状の触手で人間を切り刻む彼ら。だが、寄生生物である以上、宿主が居なければ生きていけない。
上の小見出しは、作中のとあるパラサイトの台詞から拝借したが、読者のパラサイトへの認識は、作品冒頭の食物連鎖のピラミッドの頂点に位置しそうな完全無欠な印象から、中盤以降、多少変わるだろうと思う。ここに隠されたテーマ性を感じる。
彼らは何のために生まれてきたのか(宇宙から飛来したという説は、作者自身が否定している[第17回講談社漫画賞受賞記念インタビューにて])。「寄生獣」とは、一体、何が何に寄生しているというのか。この地球上に生きている生命とは何なのか。そういう問いを自問する新一の姿を通して、読者がそれぞれの答えを見出す時、命について新しい広がりを感じることができるのではないか。この点こそが、本作が根強い評価を得ている所以なのだと自分は思う。
*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 12.8cm)、全10巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。
☆完全版…A5判(20.8 x 14.6cm)、全8巻。連載時カラー再現、掲載時の読者との一問一答、解説文等を収録。
☆フルカラー電子版、全10巻。
☆新装版…小B6判(16.8 x 11.6cm)、全10巻。
☆文庫版…文庫判(14.8 x 10.6cm)、全8巻。収録内容の配分は完全版に準拠。
☆コンビニ版…B6判(19 x 13.2cm)、全3巻。絶版。
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