第54夜 星空を仰ぐ何人にも、女神の誘いは降る…『星世界たんけん』
2018/07/08
「星は何千万年何百億年っていう長ーい一生だけど/人間や犬、植物と同じ――/せいいっぱい生きて新しい生命のたねを飛ばして死んでいく――/それをくりかえす生命そのものはずっと続くのよ」「ずっと?」「そう/ずっと――」
『星世界たんけん』加賀谷穣 作・画、山岡均 監修、星の手帖社 1992年6月
星に手がとどきそうな夜――。小学校6年生の正男(まさお)は哀しみにくれながら望遠鏡を覗いていた。飼っていた犬のロンを、自分の不注意から交通事故で亡くしたばかりだった。同級生の女の子、星弥(せいや)に慰められても気持ちは晴れない。
そんな時、夜空にひときわ輝く流れ星が現れ、2人に向かって落ちてきた。地上に落ちてきたのは、ギリシアの女神のようないでたちをしたセレネと名乗るお姉さんだった。着地の時に望遠鏡を壊してしまったお礼にと、セレネさんは驚く2人を星空の世界へと誘う。重力について、星が光る仕組み、星雲と星の誕生、そして星の死――。セレネさんに導かれ、2人の星世界探検が始まった。
星空遊泳へ
既に幾度か書いたが(第42夜、第49夜)、どういうわけか子どもの頃から星空が好きで、学生の頃は寒い季節に山の入って夜通し流星群を観るなんてこともやった。数年前、久々に星を観ようと長野県某所に観望旅行をした時、昼間にふと入ったプラネタリウムの売店で見つけたのが本作である。
むかし学研から『○○のひみつ』という学習漫画シリーズが出ていたが(確認したところ現在も後継版があるようだ)、本作はそのテンプレートを踏襲した、由緒正しい作風となっている。続編があと2冊あり、全3巻で星世界、太陽系、大宇宙のそれぞれを、案内役の女神様(?)と少年少女の3人を介して探検できる。
漫画作品としての作画は荒削りな感があるし(作者は天体のイラストが本領)、テンプレートに沿っている以上、話の構成に独創性が溢れているわけでもない。にもかかわらず本作が魅力的なのは、作者の天文愛ゆえではないだろうか。星の一生を目の当たりにして壮大な台詞が展開されるが、そこに照れや嘘がない。だから大人が読んでも真摯に聞き入れ、宇宙に想いを馳せることができるのだ。
いつでも彼女は
本作の成功にはセレネさんという案内役のキャラクターも欠かせなかっただろう。金髪碧眼に白い古代風ワンピースという出で立ちの、恐らくギリシア神話の女神という出自を持っている彼女だが、本作では宇宙について深く知り、天翔ける神秘的な能力を持ちつつも、カラオケ好きでアジのたたきが好物という、まことに親しみの持てる性格を付加されている。そんな彼女の子ども達に注がれる眼差しは、宇宙の始原から終末までを知る女神としての透徹と、その中で刹那に等しい時を生きている2人への慈しみが共存しており、夜天を統べ人々の夜を守護するという女神の伝説に相応しい。
それにしても、昔どこかで同じように彼女から何か教えてもらったような、そんな錯覚を抱くのはなぜだろう。もしかしたら、ユング心理学で云われるところの女性性の原型像である「アニマ」や「大地母神」が、期せずして紙上に結ばれた像こそが、彼女なのかもしれない。正男と星弥は読者の分身なのだ。宇宙を思う時、いつでも女神は探検に連れ出してくれるだろう。
*書誌情報*
本作および続編2冊は、普通の街の書店やamazonなどのネット書店でも、ほぼ流通していないようである(たまに中古の出品はある模様)。
版元の星の手帖社オンラインショップか、星空関係の出版・ソフトウェア開発を手がけているアストロアーツのオンラインショップで入手できるが、在庫は僅少のもよう(どちらも、2018年7月8日現在品切れ)。
不幸にもどうしても読みたいのに品切という際には、自分のようにプラネタリウムや科学館の物販コーナーをこまめに探すか、ネット古書店やオークションサイトに頼るのがいいだろう。