100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第81夜 ゲームと世界の特異点…『PSYCHO+(サイコプラス)』

「知らないの?/この緑色はね……/悪魔の色なんだよ!!」


藤崎竜作品集 1 サイコプラス (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫 ふ 26-1)

PSYCHO+サイコプラス)』藤崎竜 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1992年11月~1993年2月)

 もって生まれた緑色の瞳と髪という特異体質のせいで、日陰者の生活を余儀なくされていたゲーム好きの少年、綿貫緑丸(わたぬき・みどりまる)は、中古ゲーム屋のワゴンセールで見知らぬゲームを手に入れる。『PSYCHO+』と題されたそれは、プレイヤーの超能力を開花させるゲームだった。
 なぜか緑丸にしかプレイできないこのゲームを巡り、友人達や、ゲーマーの女の子、水の森雪乃(みずのもり・ゆきの)との日々は続く。騒動に巻き込まれながらも緑丸はステージクリアを重ねていくが、それは、やがて訪れる“緑色”の者の運命の、ほんの序章でしかなかった――。

箱庭的世界で
 きっと作者は理系なのだろう。と思って調べてみたら、やはり工学系の専門学校を出ておられた。
 初期短編集『WORLDS』にせよ、中国古典をSF的に解釈し、アニメ化もされた代表作『封神演義』であっても、この作者の作品には理系的なものが充ちている。それは『宙のまにまに』(第42夜)のような、文系から見た理系的モチーフの魅力ではなく、純粋に理系の人間が造り上げた世界の美しさだ。箱庭的に幾つもの特殊な世界を作り、ストーリーという実験をしているイメージ。前出の短編集(収録された表題作)が「WORLDS」なのは、まさに命名の妙と云っていいだろう。
 こうした作者独自の世界観は本作でも健在である。今でいうPSPのような携帯ゲームをモチーフにし、少年漫画的なサスペンス要素や恋愛要素を加味しつつも、やはり“世界がどのように成り立っているか”の解釈という、作者の作品群に通底したSF的要素を中心に据えている。線画イラスト的な画風とも相まって、他ではなかなか味わえない不可思議な魅力を堪能できる作品だ。

ゲーム・ゲーム・ゲーム
 本作ではタイトル通り『PSYCHO+』というゲームソフトがキーとなる。別にゲームソフトでなくとも条件を満たした小道具ならば何でもよさそうなものだが、あの時代、ゲームが最も適切だったのだと思う。
 本作の連載開始は1992年。前年にはゲームメーカーであるカプコンの“ストⅡ”こと『ストリートファイターⅡ』が人気となり、ここから百花繚乱たる格闘ゲーム時代が始まった。一方で『ドラクエ』『FF』に代表されるRPGも変わらぬ人気を集め、当時の主流ゲームハードであった任天堂の「スーパーファミコン」や、NEC「PCエンジン」などをプラットホームに、定番だけでなく斬新な作品も多くリリースされた。一部の書店では複数のゲーム雑誌が平積みされ、小野不由美や久美沙織といった作家がゲームについてのエッセイやノベライズを手がけた。つまり、ゲームというものが、恐らく現在よりももっと力を持っている時代だったのだ。
 作中には、『PSYCHO+』以外にも幾つかのゲームが登場する。20年が経過した今でも古びないほどに先取的なゲームハードやコンピュータセキュリティの描写とともに、それらは技術発展の魅力と同時に幾ばくかの影を落としている。疑似体験による至上の悦楽と、その向こうの闇。コンピューターゲーム全盛時代に、少年誌でさりげなくもそうしたテーマを扱った点は、作品テーマのユニークさともあいまって貴重である。

*書誌情報*
☆通常版……新書判(17.2 x 11.2cm)、全2巻。2巻に無関係な読切「DIGITALIAN」収録。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

☆文庫版…文庫判(15.4 x 10.8cm)、全1巻。読切「DIGITALIAN」収録。

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第80夜 目指せ最強…『陣内流柔術武闘伝 真島クンすっとばす!!』

「世界最強の格闘家(オトコ)の夢はどうした――!?」 『陣内流柔術武闘伝 真島クンすっとばす!!』にわのまこと 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1995年2月~1998年1月月)  戦国時代に発祥し、仙台藩御留流(せんだいはんおとめりゅう;門外不出はもちろん、……

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第79夜 貧乏とUFOと…『NieA_7(ニア アンダーセブン)』

 2013/07/22  100夜100漫, , ,

「人はパンのみにて生くるにあらず?」「疑問形かよ!!/パン買えない人が言うな!!」 『NieA_7(ニア アンダーセブン)』安倍吉俊+g(ジェロニモ本郷)k(糞先生) 作、角川書店『月刊エースネクスト』掲載(1999年9月~2000年12月)  大学受験に失敗した……

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第78夜 戦後復興期の日本が牌に映る…『哲也-雀聖と呼ばれた男-』

「…そうさ/俺達は汚ねえ世界にいるんだ/だけど俺達 玄人は/ここでしか生きられねえのさ…/なァ…/房州さん…」 『哲也-雀聖と呼ばれた男-』さいふうめい 原案、星野泰視 作、講談社『週刊少年マガジン』掲載(1997年33号月~2004年12月)  太平洋戦争での日……

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第77夜 身近な道具が描く、愛しき日本の神々…『ぼおるぺん古事記』

「玉のついた矛が国生みを助けたように/玉のついたペンがこの作品を導いてくれるはずだ」 『ぼおるぺん古事記』こうの史代 作、平凡社サイト『ウェブ平凡』掲載(2011年5月~2012年12月)  まだあめつちが分かれぬ時、幾柱かの神が現れては隠れた。やがて現れた二柱の……

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第76夜 サッカーごしに見える、少年達の心の形…『ホイッスル!』

「ボールをけってるだけで幸せなのに/どうして勝ちたいんだろうね?/それぞれいろんな熱(きもち)をボールに託して試合をする/負けたらそこで途絶える/勝てば先につながる熱(きもち)/途絶えさせてしまった熱(きもち)に勝った側が返せることは/次もまたその次も途絶える時がくるまでは/自分……

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第75夜 魔曲とギャグは希望の別名…『ハーメルンのバイオリン弾き』

「“馬鹿”は/苦しさの/裏返しのようだな」 『ハーメルンのバイオリン弾き』渡辺道明 作エニックス『月刊少年ガンガン』掲載(1991年4月~2001年2月)  強大な魔族に人々が脅え暮らす時代。辺境の勇者ハーメルは魔王が住む北の都、ハーメルンを目指して旅をしていた。……

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第74夜 彼女は庶民的な日常とSF世界を行き来する…『成恵の世界』

「飯塚クン/私なんか誘ってもつまんないわよ」「そ/そんなコトないよっ」「ビンボくさくてネクラでも?」「うん」「愛読書が女性セ○ンでも?」「う うん」「父が宇宙人でも」「うん」 『成恵の世界』丸川トモヒロ 作、角川書店『月刊少年エース』掲載(1999年4月~2012年……

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第73夜 みせろ昭和魂! 全力のケンカ大活劇…『あまいぞ!男吾』

「質問!/巴男吾にとって奥田姫子とはなんですか?」「ライバルってとこかな…。」「アリガト、男吾くん!」 『あまいぞ! 男吾』Moo.念平 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1986年4月~1992年7月)  巴男吾(ともえ・だんご)は元気とケンカの強さが自慢……

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第72夜 猫による夏宵の永遠軌道…『銀河鉄道の夜-最終形・初期形』

「カムパネルラ また僕たち二人きりになったねえ/どこまでもどこまでも一緒に行こう」 『銀河鉄道の夜』宮沢賢治 原作、ますむらひろし 作、朝日ソノラマ(最終形1983年10月、初期形1985年8月)  学校へ通うジョバンニは、漁に出て消息が分からない父と、病気で臥せ……

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