100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第51夜 ふたりでいるって、割と素晴らしいこと…『くらしのいずみ』

「俺らももう長いし/そろそろする? 結婚」


くらしのいずみ (ヤングキングコミックス)

くらしのいずみ谷川史子 作、少年画報者『YOUNGKING アワーズ増刊アワーズプラス』『YOUNGKINGアワーズ』掲載(2006年4月~2008年1月)

 世の中には色々な夫婦がいる。友達のような夫婦、文科系優男と体育会系女の夫婦、20歳の歳の差夫婦、仮面っぽい夫婦、編集者の夫婦――。
 それぞれに恋をし、夫婦となって、少しばかりの問題をかかえつつも、それでも二人、生きている。そんな夫婦たちの日常を描いたオムニバス連作集。

爽やかな日常譚
 谷川史子の名前を初めて知ったのは、たぶん妹が読んでいた『りぼん』に乗っていた作品によってだったと思う(『愛はどうだ!』だったかと思う)。その時からその清らかな画には魅せられて、後年、一時期こうの史代(第5夜参照)がアシスタントをしていた漫画家であるということを知って、余計に興味を掻き立てられた。そんな折に偶々見つけたのが本作である。
 本作が一時は『HELLSING』(第39夜)と同じ雑誌に掲載されていたということに衝撃を受け、夫婦ものといっても非常にドロドロしたものになっているのかと変な妄想をしたが、作風は少女漫画時代から大きくは変わっていないのでひと安心だ。日常の中で起きた小さな事件を乗り越えつつ、純粋に思いあう夫婦の姿が、あの清冽さを醸し出す画風で描き出されており、一服の清涼剤のような読後感を覚える。全6組の夫婦のエピソードと、同じく結婚がテーマながら少し毛色の違う短編が1篇収録された本であるが、自分としての白眉は1軒目だろうか。他と比べてもあまり起伏のない、本当に素朴な物語だが、それ故に純化された恋情(夫婦だってお互いに恋をする。何と罪のないことだろう)が心に沁みる。このご夫婦の日常を、もっと読んでみたいと思った。

結婚が分からなくなった人へ
 一方で、キレイすぎて本作の物語はリアリティが無い、という声はあると思う。特に既婚者の諸姉諸兄からは「本当の夫婦はこんなものじゃない」とか「結婚は我慢のし合いなんだよ」等々の台詞が聞こえてきそうだ。
 例えそれが現実であっても、憧れを描くのは物語の大切な役割だ。本作を読んで、素敵な結婚に憧れた読者が、いわゆる“結婚の現実”を知らないままに幸せな家庭を築けたならば、それはとてもいいことではないだろうか。少なくとも、大人の読者が憧れるのに無理がないくらいには、本作はリアルさを持ち合わせている。
 ちなみに本作は、知人に「結婚したくなる本を教えて欲しい」と相談され、自分が思わず勧めた1冊でもある。もしも結婚について深く考えすぎて、何が何だか分からなくなってしまった人がいたら、一度頭をまっさらにして、本作を読んでみるのもいいかもしれない。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(17.8 x 12.8cm)、全1巻。電子書籍化済み。

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第50夜 王への道を征く破天荒元王子の大騒動…『余の名はズシオ』

 2013/06/23  100夜100漫,

「愚民愚民愚民愚民愚民愚民愚民がァアア!!/もっと余を頼れ! 無様にひれ伏せ! 余が怖がっているだと!!!?/余の辞書に撤退の文字わない!!/……/化け物っ! 貴様を倒す者の名をよく憶えておけ!!/余の名はズシオ」「ファイヤー!」「散ったァ!!」 『余の名はズシオ』……

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第49夜 愛のため正義のため、少年達は神々に挑む…『聖闘士星矢』

「いくぞ!!/地上の愛と正義のために!!/命と魂のすべてをそそぎ込んで!!/今こそ燃えろ黄金の小宇宙よ!!/この暗黒の世界に…/一条の光明を!!」 『聖闘士星矢』車田正美 作、集英社『週刊少年ジャンプ』→『Vジャンプ』(完結編のみ)掲載(1985年12月~1990年……

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第48夜 バブル期を映し、同時に諭す両義性…『おぼっちゃまくん』

「これで時価3億でしゅ!/ぽっくんは小さいころから誘拐にそなえて、からだじゅうに貴金属を身につけてるのでしゅ!/歩く身代金と呼ばれとるとぶぁい!」 『おぼっちゃまくん』小林よしのり 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1986年4月~1994年8月)  田園調……

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第47夜 お笑いに彩られた、意外とマジな演義…『SWEET三国志』

「天下とって♥」 『SWEET三国志』片山まさゆき 作、講談社『ヤングマガジン増刊海賊版』掲載(1992年~1995年)  ワンス・アポン・ア・タイム、イン・中国、漢の国。劉備玄徳(りゅうび・げんとく)は豪傑の関羽(かんう)、張飛(ちょうひ)と桃園に……

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第46夜 淡々と、ただならない日常は過ぎゆく…『あずまんが大王』

「そんなんじゃありませんのだ」 『あずまんが大王』あずまきよひこ 作、メディアワークス(現アスキー・メディアワークス)『月刊コミック電撃大王』掲載(1998年12月~2002年3月)  恐らくは関東にある、どこかの共学高校。そこで繰り広げられる、とも、ちよ、よみ、……

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第45夜 新鋭機と“お役所的仕事”の流儀…『機動警察パトレイバー』

「よくみとくといいや。/志望がかなえばこいつに命預けることになる。」「じゃ……じゃあこれが……/新型の警察用レイバー!?/こ…これは…/趣味の世界だねえ……」「とかいいながらわりと気に入ってるだろ。」 『機動警察パトレイバー』ゆうきまさみ 作、小学館『週刊少年サンデ……

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第44夜 恋と夢と。彼らが選んだのは…『部屋(うち)へおいでよ』

「ねェ……/これから……/いっしょに…/観よっか…/部屋(うち)においでよ…」 『部屋においでよ』原秀則 作、小学館『週刊ヤングサンデー』掲載(1990年月~1994年月)  東京、阿佐ヶ谷のとあるパブ。ピアノを弾く水沢文(みずさわ・あや)と、客なのに店の手伝いを……

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第43夜 視線の先の異形達は、己の異形の合わせ鏡…『ホムンクルス』

「波は落ぢづぐなあ……/波は俺(わぁ)を映(うづ)さねえ。」 『ホムンクルス』山本英夫 作、小学館『ビッグコミックスピリッツ』掲載(2003年4月~2011年3月)  新宿西口から程近い場所に建つ一流ホテル。道路を挟んだ向かいの公園には、ホームレスの暮らすテント村……

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第42夜 恋情も、不安も、諸共に携えて見上げよう…『宙のまにまに』

「21分30秒/ポルックス方面2等級!/はいっ」 『宙のまにまに』柏原麻美 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2005年9月~2011年7月)  この春から高校に入学する大八木朔(おおやぎ・さく)は、父親の単身赴任を期に、かつて住んでいた小杉野市に戻ってくる。文……

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