第57夜 ブラックなCG世界で真理の探究…『みんなのトニオちゃん』
2018/07/08
「あーあ/オレ達ってCGだったんだ…」「全てが虚しいでちゅ」「自分の価値が分かっちゃうと何もやる気出ねーなぁ…」
『みんなのトニオちゃん』菅原そうた 作、扶桑社『週刊SPA!』、集英社『週刊少年ジャンプ ギャグスペシャル2002』掲載(1999年~2001年)
5歳児の3人グループ、ジャイタ、スネ郎、トニオは、ヒエラルキーのはっきりしたドライな関係。子どもらしい欲望を子ども離れ(現実離れ?)した方法論で叶えては、暴力的なしっぺ返しをくらって死亡してしまうこともしばしばだ。
それでも追究をやめない彼らは、女体や合コンといった即物的な次元から、やがて人生の意味や脳と幸せについて、夢、五次元、虚構と現実といったテーマについて「全てをゼロから」考えていく。
街角哲学
数年前からネット上で「5億年ボタン」という思考実験めいたお題がたびたび話題になっているが、その元ネタが本作だ。「押すと何も無い空間に飛ばされ、飢えや疲労などを感じない状態で5億年過ごす。期間満了後に元の場所へ戻され、5億年分の記憶が全て消去された状態で100万円が貰える」というボタンがあるとして、それを押すか、というものなのだが、1話完結で綴られる本作の内容は大半がそうした思考実験ものである。
主人公は5歳児の子ども達でありながら、彼らは不良っぽい若者として振る舞う。毎回のオチではたいてい人体破壊によって血しぶきが飛んで主要キャラが死んでしまうが、次の話では何事も無かったように復活しているというスタイルは、本作がまさに思考実験的な寓話であることを示しているように思われる。
本作が出色なのは、哲学的テーマを扱いながらも、先行する学説や文献といった“道具”を極力用いていないことだろう。本作後半の章題となっている「ゼロから考える」とはそういうことだ。これにより、思考はアカデミックな教室から出て、街角の雑談として読者に愉しまれる。これが、本作の何よりの魅力と考える。翻せば、そうしたテーマを、読者に分かる言葉で組み上げた作者の構成力には驚嘆する。
違う現実感
スプラッタな描写が多い本作ではあるが、その割に読後感が妙に爽やかなのは何故だろう。“死んでも次の話には復活”というルールがあるからかもしれないが、同じ程度に、やはりCGによる作画であることが寄与していると思う。
本作の連載が始まったのは1999年。1993年末に格闘ゲーム『バーチャファイター』の第1作、1996年の世界初のCGアイドル「伊達杏子(だて・きょうこ)」が発表され、CGによる描画技術が世間的に認知されてきた頃だった。作者は恐らくは10代でその技術に触れ、兄の菅原勇太がボーカルを務め自らも「GOLDEN MEMBER」とされているロックバンド「B-DASH」のジャケットやPVを、本作とほぼ同時に手掛け始めている。それらの仕事に感じられる軽快さとポップさとは、本作の空気と通底しているように思える。
本作にせよ「B-DASH」の仕事にせよ、描かれた画面から感じられるのは、違う現実を見せられているという感覚だ。デジカメで撮影した実写を背景として、鏡面処理されたような皮膚をもつキャラクターが配置された画は、白昼夢のようでもあり、しかし奇妙な現実感を伴っている。この空気があったればこそ、悪い夢のような残酷さで明晰な思考を覆ったような本作が成立したと云えるのかもしれない。
――ちなみに冒頭のボタンは、自分なら押さないと思う。せめて何か1冊でも漫画を持っていけるのなら違うと思うのだが…。いや、それでも無理かな。
*書誌情報*
本作単行本は絶版のため、古本やオークションに頼らざるを得ない(2018年7月現在、電子書籍化もされていない)。プレミアが付いているためかなり高価(7,000円程度。続編の『みんなのトニオちゃんRETURNS』はさらに高額)である。重版なり、電子書籍化なりされて然るべきと思うが、どうだろうか。
Comment
こんにちは。
励みになるお言葉ありがとうございます。
拙い写真ばかりですが、見に来てくださって
ホントに感謝の気持ちでいっぱいです。
どうぞ、また遊びにいらして頂けたら..幸いです。
わざわざお返し頂き、ありがとうございます。
あまりカメラを持たないので、綺麗な写真を撮れる方は尊敬します。
またお邪魔させて頂きます。