100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第67夜 偽りの表情が紡ぐ恋情と友情は、真実か…『彼氏彼女の事情』

「もし傷つくのなら/最初の相手は/有馬がいいわ/……/その日/“彼氏”“彼女”になりました。」


彼氏彼女の事情 (1) (花とゆめCOMICS)

彼氏彼女の事情津田雅美 作、白泉社『LaLa』掲載(1996年6月~2005年3月)

 神奈川県内トップの進学校、県立北栄高校に入学した宮沢雪野(みやざわ・ゆきの)は、幼少時代から容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の優等生。さっそく1年A組のクラス委員に就任するが、実は彼女の本性は“見得王”で、人からの賞賛や注目を浴びたいがために日々たゆまぬ努力をし、品行方正な人物を演じているのだった。しかし、同じクラス委員の有馬総一郎(ありま・そういちろう)は、雪野が果たせなかった新入生総代を務めた上、美形、運動神経抜群、性格よしという、雪野以上の完璧な優等生だった。
 総一郎に対抗心を燃やす雪野。猛勉強をしてテスト学年1位を奪取し、そんな雪野に惹かれた総一郎からの告白もあっさり断って雪辱を果たすが、ふとした油断から本性を総一郎に知られてしまう。
 総一郎は雪野の弱みにつけ込み、自分が抱える委員会関連の仕事を手伝わせるなど、雪野を下僕のようにこき使う。総一郎もまた、優等生を演じていたのだ。屈辱に震える雪野だったが、やがて2人の関係は不思議なものに変わっていく。

仮面と仮面
 「カレカノ」の名を、『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明(あんの・ひであき)が『エヴァ』の次作として手がけたアニメーションとして記憶されている方も多いだろう。自分にしても、最初の印象はそうだったのだが、やはり原作特有のシビアな空気は似て非なるものと云える。
 見得ゆえに仮面を被る少女と、生い立ちゆえに仮面を被る少年。本作には他にも幾つもの「“彼氏”“彼女”」のバリエーションが登場するが、やはりタイトルは雪野と総一郎を指すととるのが一番素直であろう。他の「“彼氏”“彼女”」もそれぞれ味わい深いものがあるが、主題は、特に総一郎の仮面がいかに外れていくか、にある。
 前半部の学園生活のリアルな描写に比して、後半部の展開にリアリティが欠けるという指摘には一理あるとは思うが、総一郎の仮面という主題は一貫している。その過程を、本作は執拗に描く。主人公は雪野だが、ポイントになっているのは総一郎のモノローグなのだ。
 生い立ちに“陰”のある美青年と、“陽”の側にいる主人公という構図は、『八雲立つ』の闇己と健生を思い出させる。類型は、その他にも多くの少女漫画で見ることができるだろうが、本作はその構図を純化し、その関係性の危うさのみで作品として成立させようとし、そして成功している。

彼と彼らの事情
 そんな総一郎の仮面を脱がすのは、もちろん直接的には雪野であるが、同性として総一郎を終始フォローする男がいる。ただの友情という範疇を超えて、かといって同性愛的な匂いも希薄な、この関わりは不思議だ。その動機も当初こそ明らかであるが、後になって本当にそれが真実なのか怪しくなってくる。一種、男と男の関わりの理想形を思わせる関わり合いにも見えてくる。
 同じように、総一郎とその父の関わりもまた、大きなウェイトを占める。父との関係には紆余曲折があるにせよ、結果的に、それにより総一郎は一歩踏み出すことができるのだ。
 女性キャラクターよりも男性キャラクターを描く度合いが大きいのは、少女漫画としては当然なのかもしれない。が、最終的にそれがそれぞれの“家”を描くことに繋がっている。それもまたオーソドックスな手法ではあるが、それを扱う手つきが緻密なだけに、本作の奥行きを更に伸張させていると云えるだろう。
 決して恋愛だけではない、登場人物たちの抱える様々な“事情”を丁寧に読まれたい。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.4cm)、全21巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

☆文庫版…文庫判(15.2 x 10.6cm)、全10巻。

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第65夜 日常的な夢想に遊ぼう…『COJI-COJI(コジコジ)』

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第63夜 街をさまよう、まだ見ぬ郷愁の味を求めて…『孤独のグルメ』

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第62夜 彼方に挑む者達と、一切をただ抱擁する者達…『プラネテス』

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第61夜 真摯に生きる生物の姿は時としてスプラッタだ…『寄生獣』

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第60夜 いまは遠ざかりし、優雅と峻別の時代の恋情を想う…『エマ』

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第59夜 真の自由を問いかける、古代の拳闘…『拳闘暗黒伝セスタス』

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第58夜 剣をクラブに持ち替え闘う騎士達…『ライジングインパクト』

「お前は なんでゴルフやってんだよ?」「おもしーがら」「じゃあ/世界一の飛ばし屋に なりたいっていうのは?」「そりゃおめえ/誰よりも球かっとばしたら気持ちいーべ?」 『ライジングインパクト』鈴木央 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1998年12月~2002年2月……

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