「ボールをけってるだけで幸せなのに/どうして勝ちたいんだろうね?/それぞれいろんな熱(きもち)をボールに託して試合をする/負けたらそこで途絶える/勝てば先につながる熱(きもち)/途絶えさせてしまった熱(きもち)に勝った側が返せることは/次もまたその次も途絶える時がくるまでは/自分……
「 100夜100漫 」 一覧
第77夜 身近な道具が描く、愛しき日本の神々…『ぼおるぺん古事記』
「玉のついた矛が国生みを助けたように/玉のついたペンがこの作品を導いてくれるはずだ」
『ぼおるぺん古事記』こうの史代 作、平凡社サイト『ウェブ平凡』掲載(2011年5月~2012年12月)
まだあめつちが分かれぬ時、幾柱かの神が現れては隠れた。やがて現れた二柱の夫婦神に、神々は命じた。この矛を用い、そなたらで丈夫な国を創りなさい、と。夫婦神は協力して国と神々を産みだすが、最後に産まれた炎の神に身体を焼かれ、女神は亡くなってしまう。悲しんだ男神は、妻に会いに黄泉の国へ降りる決意を固める――。
イザナギ・イザナミによる国産みから天孫降臨、ヒコホホデミとトヨタマヒメの別離までのエピソードを、日本神話の原点である『古事記 上の巻』を精緻に紐解き、原文そのままの絵物語として再生成した、日本最古の書物についての最も新しい形の絵物語。
うむうむ
初めて『古事記』を読んだのは、恐らく小学校高学年の頃で、学童向けに現代語訳したものだったと思う。それ以降もスーパーファミコンのゲーム『真・女神転生』などでも日本の神々に親しみ、高校生時にはスサノオノミコトが登場する拙い戯曲を書いて学校の演劇祭で上演したりもした。
そういう意味で、日本神話は割と身近に感じていたのだが、『古事記』や『日本書紀』を原文で読むということはついぞなかった。要約され再編集された本がたくさんあるためだが、そういうものから入るのも「日本人としてちょっとどうなの」と思ってはいた。本作は、古事記の原文でありながらも、手引きとなる丁寧な作画があるものに仕上がっており、自分に古事記原文に触れるよい機会を与えてくれたと思う。本作の副題の付け方に倣えば「うむうむ」と満足げに頷きたい気持ちである。それは、多くの人も同様ではないだろうか。
むつむつ
自分は『夕凪の街、桜の国』(第5夜)で、その素朴さと華やかさの同居した画風と、大きな歴史の中で無名の人を描き出すというスタンスにやられたのだが、本作も魅力にあふれている。
天地創造という神秘を成しながらも我々のような日常生活を送るイザナギとイザナミ。やんちゃ放題の末に結婚し、娘を溺愛するという、“男の生涯”を地でいくスサノオ。トヨタマヒメと結ばれ、離れ離れになりながらも慕うヒコホホデミ。
遠い昔の、しかも人ならぬ神々の物語のはずなのに、その愚かしくもいとおしい営みが、作者一流の可笑しみすら込めて描かれている。“むつまじい”というのはこういう気持ちかと思わせられる。ボールペンというありふれた画材の選択も、この由緒正しくも素朴な物語の記述に適っていると云えるだろう。
そうした魅力を裏打ちするのは原文への誠実さである。恐らくは1字も違えず漫画化することにより、ただの「漫画でわかる古典」系の出版物とは一線を画す作品になっているのだ。
また、大体にして多神教の神話というものは、発祥時とそれ以降の記載が混在し、神々の大系が複雑化する傾向にある。いにしえの日本人のおおらかさもあって、古事記もご多分に漏れずカオスなことになっているのだが、作者はそれを丁寧に整理し、神々の系譜図まで作っている。しかも味のある手書きで、神々のビジュアルがついているため、硬い専門書の図解などよりも解り易い。
とっつきにくい題材を、たおやかな手つきで解きほぐす、そんな作者の資質は貴重である。
*書誌情報*
☆通常版…A5判(21 x 15cm)、全3巻。電子書籍化済み。
広告
-
第75夜 魔曲とギャグは希望の別名…『ハーメルンのバイオリン弾き』
「“馬鹿”は/苦しさの/裏返しのようだな」 『ハーメルンのバイオリン弾き』渡辺道明 作エニックス『月刊少年ガンガン』掲載(1991年4月~2001年2月) 強大な魔族に人々が脅え暮らす時代。辺境の勇者ハーメルは魔王が住む北の都、ハーメルンを目指して旅をしていた。……
-
第74夜 彼女は庶民的な日常とSF世界を行き来する…『成恵の世界』
「飯塚クン/私なんか誘ってもつまんないわよ」「そ/そんなコトないよっ」「ビンボくさくてネクラでも?」「うん」「愛読書が女性セ○ンでも?」「う うん」「父が宇宙人でも」「うん」 『成恵の世界』丸川トモヒロ 作、角川書店『月刊少年エース』掲載(1999年4月~2012年……
-
第73夜 みせろ昭和魂! 全力のケンカ大活劇…『あまいぞ!男吾』
「質問!/巴男吾にとって奥田姫子とはなんですか?」「ライバルってとこかな…。」「アリガト、男吾くん!」 『あまいぞ! 男吾』Moo.念平 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1986年4月~1992年7月) 巴男吾(ともえ・だんご)は元気とケンカの強さが自慢……
-
第72夜 猫による夏宵の永遠軌道…『銀河鉄道の夜-最終形・初期形』
「カムパネルラ また僕たち二人きりになったねえ/どこまでもどこまでも一緒に行こう」 『銀河鉄道の夜』宮沢賢治 原作、ますむらひろし 作、朝日ソノラマ(最終形1983年10月、初期形1985年8月) 学校へ通うジョバンニは、漁に出て消息が分からない父と、病気で臥せ……
-
第71夜 隔たれた“塀の内”の、朗らかで仄暗い日々…『刑務所の中』
「なんちゅうチンケなやり方でぇ/不精ヒゲはやらかして/ヒモで結んだズボンはいて/天突き体操なんかやった日にゃ/もうモロ囚人!/はずかしくってせけん様に会わす顔もありゃしねぇ」 『刑務所の中』花輪和一 作、青林工藝舎『アックス』『マンガの鬼AX アックス』、バウハウス……
-
第70夜 シリーズ屈指の異色作に宿る勇気の力…『ジョジョの奇妙な冒険Part4 ダイヤモンドは砕けない』
「この人は35年間 この町のおまわりをしてきた/出世はしなかったけど 毎日この町を守るのがこの人の仕事だった/今さっきもアンジェロの仕業と思われるニュースをきいたとき/この人は『町を守っている男』の目になった/……/おれが この町とおふくろを守りますよ/この人の代わりに……/どん……
-
第69夜 人が挑む神との闘い、奇跡の前世代譚…『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』
「何かに命を張って生きることは/約束に似てるな/誰と交わしたわけじゃない/自分の中の約束」 『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』車田正美 原作、手代木史織 作、秋田書店『週刊少年チャンピオン』掲載(2006年8月~2011年4月) 18世紀の……
-
第68夜 古流VS剣道にみる“強さ”…『チャンバラ 一撃小僧隼十』
「…なにをビビッちょるんかオレは…/戦を挑むんやったら怖いのは当たり前やろ…/それでも戦った男がそこにおる!!/…ふるえなんち…/噛み砕け!!/オレも“鷹津”やろうが!!!」 『チャンバラ 一撃小僧隼十』山田恵庸 作、講談社『週刊少年マガジン』掲載(2002年10月……