100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

*

「 100夜100漫 」 一覧

第27夜 宵闇に燦然と燃えさかる“人間の姿”…『からくりサーカス』

「何かあったら心で考えろ…/今はどうするべきか…ってな。/そうして…笑うべきだとわかった時は…/泣くべきじゃないぜ。」


からくりサーカス (1) (少年サンデーコミックス)

からくりサーカス藤田和日郎 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(1997年7月~2006年5月)

 両親の都合で中国で暮らしていた青年、加藤鳴海(かとう・なるみ)は日本に帰国する。中国拳法を修め腕っぷしの強さには自信のある彼だが、人を笑わせなければ発作が止まらない奇病、ゾナハ病に侵されていた。
 発作に怯えつつも日本で暮らし始めた彼は、街で不可解な誘拐事件を目の当たりにし、サーカスから駆けつけた謎の少女しろがねと共に少年を救出する。少年、才賀勝(さいが・まさる)は大企業サイガの社長の血が流れる私生児だった。
 勝と鳴海。そして巨大な傀儡人形“あるるかん”を操るしろがね。彼らは勝の命を狙う人形使い達との激闘を繰り広げていく。
 それは開幕ベルに過ぎなかった。3人の出会いの先には、中世西欧からの因果と陰謀が張り詰めていた。あやつり人形の糸のように――。

よすがの炎
 藤田和日郎は敬愛する漫画家である。若干ギャグシーンでのネタが滑っている気がすることもなくはないが、いいのだ。彼の真骨頂は“熱さ”なのだから。単に威勢がいいだけの熱さではない。自分を見失った時、絶望した時に、立ち上がるよすがとなる道標としての炎だ。
 本作でもそれは余すところなく描かれている。主人公たちはもちろん、ほんの端役に過ぎない登場人物にも、悪役にすら、自分を振り絞って苛烈な戦いを闘い、己の存在を示すというシーンが一度ならずある。
 本作のテーマは恐らく「人間とは何か」であろう。それを浮き彫りにするために、人形という概念が置かれている。前作『うしおととら』において、人間と対置されたのは妖(ばけもの)だった。人形は妖と似ているが、“操られるもの”という意味において決定的に違っている。作者は特定のキャラクターについて、人間と人形との間を往還させることで、人間の定義に関わる自由意志というものを高らかに賛美しているように感じられる。

永劫の闇を歩く者
 自由意志と表裏をなすのが、愛である。守りたいものがあるからこそ、鳴海も勝も獅子奮迅の闘いを繰り広げるのだ。たとえ守りたいものが自分のものにならなくとも、彼らは「これでいい」と微笑むことができる。クサいと笑われそうな、そういうことを信じさせる力が、本作には満ちている。
 一方で、『うしおととら』から連載中の『月光条例』まで、ひそかに流れている通奏低音が、“ひとり時間を流れる者”というモチーフである。いっとき誰かに愛されても、不老ゆえにすぐに別離が訪れる。気丈に生きながらも、その絶対的な孤独に震え、ありえない癒しの時を待ち焦がれる。そんな人物が、藤田和日郎の連載漫画にはいつもいる。
 本作では、そこに救いが訪れる。救いはそれぞれの形をしているが、心からよかった、と思えるシーンばかりだ。こればっかりは熱情ではなく、ねぎらいをもって、その者たちが舞台から退場していくのを見届けてはどうか。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.4cm)、全43巻。電子書籍化済み。

☆ワイド版…B6判(18.2 x 13cm)、全23巻。

☆文庫版…文庫判(15.4 x 10.6cm)。全22巻予定。巻ごとに振り返りコラム、カバー下表紙に制作ノート、ラフイラスト、初期設定画など。

※その他コンビニ版等もあり。

広告

広告
thumbnail

第26夜 真のヒーローは、弱きを癒し強きも癒す…『オンセンマン』

 2013/05/30  100夜100漫, ,

「それでもオンセン・イン!」 『オンセンマン』島本和彦 作、角川書店『月刊少年エース』掲載(1995年2月~1996年12月)  箱根の大涌谷(おおわくだに)から200年に1度の奇跡で生まれる伝説の勇者、オンセンマン。彼は病み疲れた都会の人々を自らの温泉パワーで癒……

thumbnail

第25夜 読書の視覚化…『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』

「実っコ/本はな/ためになるぞう/本はな/いっぺえ読め」 『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』高野文子 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(1999年10月[表題作])  ロジェ・マルタン・デュ・ガール著/山内義雄訳『チボー家の人々』(白水社)。ハードカバ……

thumbnail

第24夜 気高くも哀しい、非モテ系昭和男児の生き様…『男おいどん』

「神もホトケもクソもあるもんかとは思うばってん/もしいらっしゃるなら天地・宇宙 万物の真理をつかさどる神サマ/おいどん男ばい! しあわせにしてくださいともたすけてくださいとも死んでもたのみません/おいどんはおいどんのやりかたでがんばるけん/見ていてください」 『男お……

thumbnail

第23夜 “都落ち”により、少女は自由を知る…『丘の上のミッキー』

 2013/05/27  100夜100漫, ,

「今日 新しい学校に行ってまいりました/森戸南女学館といいます/ここは蛮族の巣窟です!!」 『丘の上のミッキー』久美沙織 原作、めるへんめーかー 作画、白泉社『花とゆめEPO』掲載(1989年11月~1990年9月)  浅葉未来(あさば・みく)は、東京都心のカトリ……

thumbnail

第22夜 明治という時代の狂騒と癒えない病…『『坊ちゃん』の時代』

「あいつか/妙に赤い服を着てたなあ/あの野郎………欧州時代から反(そり)があわなかった/いけすかないが結局は………/……ああいうやつが勝ち残るんだろうなぁ/これからの日本じゃ」 『『坊ちゃん』の時代』関川夏央・谷口ジロー 作、双葉社『週間漫画アクション』掲載(198……

thumbnail

第21夜 運命・意志・希望…『ジョジョの奇妙な冒険Part5 黄金の風』

「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている/向かおうとする意志さえあればたとえ犯人が逃げたとしてもいつかはたどり着くだろう? 向かっているわけだからな……………違うかい?」 『ジョジョの奇妙な冒険Part5 黄金の風』荒木飛呂彦 作、集英社『週刊少年ジャ……

thumbnail

第20夜 闘いに臨む覚悟と、その果ての慈悲…『怪奇警察サイポリス』

「汝の魂に、幸いあれ…!」 『怪奇警察サイポリス』上山道郎 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1991年12月~1995年6月)  新聞部の部長を務める中学2年生、鬼塚勇気(おにづか・ゆうき)。同級生の新聞部員、三原千夏(みはら・ちなつ)に押されつつも部を取……

thumbnail

第19夜 ドタバタラブコメの舞台で、彼らは未来を掴む…『ラブひな』

「浪人したって/遭難したって/どんなひどい目に遭ったって/全部全部幸せだった!!」 『ラブひな』赤松健 作、講談社『週刊少年マガジン掲載(1998年10月~2001年10月)  大学受験に失敗し、あえなく二浪目に突入した浦島景太郎。勉強はだめ、運動もだめ、外見は冴……

thumbnail

第18夜 泥濘に蒔かれた種が見出す“よすが”のかたち…『漂流教室』

「お母さん……ぼくの一生のうちで、二度と忘れることのできないあの一瞬を思う時、どうしても、それまでのちょっとしたできごとの数々が強い意味をもって浮かびあがってくるのです。」 『漂流教室』楳図かずお 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(1972年5月~1974年6月)……

広告

広告