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【一会】『月影ベイベ 8』……母への想いと告白の舞

      2018/07/21

月影ベイベ 8 (フラワーコミックスアルファ)>

 富山県富山市八尾に伝わる、越中おわら節に乗せて人々が舞う祭「おわら 風の盆」。その「おわら」をモチーフに、高校生の佐伯光(さえき・ひかる)と峰岸蛍子(みねぎし・ほたるこ)、光の伯父にあたる佐伯円(――・まどか)らの関係を描く『月影べイベ』。8巻が出たのも昨年の話になってしまいましたが、読みましたので書き留めたいと思います。
 作中は前巻から引き続き8月のお盆の頃。9月初旬の「おわら 風の盆」本番は、もうすぐです。しかし、蛍子はそれ以上に気になるものを見つけてしまいました。それは、亡き母・繭子の日記。それも、癌で亡くなった彼女の最後の日々を書き留めたものです。

 光に居てもらいながら読み始めた日記には、娘に対しては気丈に振る舞っていた母の本当の気持ちが綴られていました。病気への恐怖と絶望と、娘を思う気持ちが溢れた日記は、蛍子の肩越しに読む読者の涙も誘います。「終活」という言葉は2008年ごろから世に知られるようになったようで、高齢でのそれには、諦め混じりの一種の朗らかさすら感じられますが、繭子のような場合には、やはり悲しさが先に立ちます。
 本当の気持ちを母に伝えられなかった娘と、娘に伝えられなかった母。蛍子の祖母が云った「だらやね(ばかだね)」という言葉は、繭子の日記をこっそり隠し持っていた祖父へのものですが、素直になれなかった夫・娘・孫への万感が込められているようにも思われました。繭子が亡くなったのはもう1年前になりますが、最後に彼女がみた夢のように、安らかに眠っていて欲しいと思います。

 前巻で蛍子は、日記とは別に母の踊りを収めたビデオテープも持ち出していました。今や再生する機器がレアなため、すぐには観られなかったものですが、光の家にはまだあるということで佐伯家に足を運びます。例によって玄関前でもじもじしていると、なんだか小粋な光の祖父に乗せられ、光の家族たちと一緒にビデオを見ることに。
 映像に映し出された繭子の踊りは、もちろん蛍子のそれと似ているところはあるものの、光と声を揃えて「けっこう似てない」と云うほどの違いもありました。これまで周囲も彼女自身も、彼女の中にある母の面影ばかりに気がいっていましたが、やはり母と娘は別の人。光の祖父の云う通り、母の死後も、生きて、色々な人や物事と関わって、確かに彼女は自分の踊りを育ててきた、ということでしょう。
 似ているようで似ていない、似ていないようで似ている、母と娘の踊り。その不可思議さはしかし、繭子が笑顔になる不可思議さでした。光と、その妹の舞と、笑いながら円舞する蛍子からは、母に対する執着から解き放たれた軽やかさを感じます。

 本番2週間前を迎え、練習にも熱が入っていきます。鳴美とのわだかまりもほぐれ、おわら練習会の高校生達も一丸となっていきますが、まだ蛍子の中にはすっきりしないものがあります。それは、光の伯父・円への思いです。既に前巻でも告白しようとしていますが、円はそれを躱しました。
 母の幻影に気持ちを吐露し、里央の言葉に友情を感じながらも、もう一度気持ちを告げるべきか、そのまま自然消滅させるべきか、蛍子の心は揺れ続けます。ひっそりと決意を固める彼女でしたが、たまたま光の家に居合わせた円と一対一で帰ることに。
 夕立、相合い傘、2人だけの家というシチュエーションで、ついに2人は本心から語り合う時を迎えます。雨音と雷鳴が響き、家の中は薄暗く、状況は風雲急を告げるといった雰囲気です。

 蛍子の必死の気持ちに答えた円の“告白”には、込み上げるものがありました。それを「過去にしがみついている」と云う人もあるでしょう。けれど自分は、1人の女性を愛し続ける男の、秘められた強さの現れのように感じました。
 円の気持ちが解った後、蛍子は彼の前で踊ります。それは、彼女を少女の頃から見守ってきた円もはっとする程の、成長の証でした。精一杯の告白でもありました。この場面、越中おわら節が流れているのですが、不思議と静寂感が漂って、蛍子の美しさが際立っているように思います。
 2人の時間は笑顔で締めくくられ、いつか夕立も上がりました。
 街には静かに明かりが灯されて、風の盆の始まりです。

 富山は八尾の町の、奇妙な偽装カップルの成立から始まったこの漫画も、次巻でついに完結です。初夏刊行予定の9巻を、今は静かな気持ちで待ちたいと思います。

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