【一会】『3月のライオン 10』……今ばかりは、“読み”は不要だ
2018/07/21
17歳の少年プロ棋士、桐山零(きりやま・れい)と、彼が独り暮らしをしている「六月町」(東京月島あたりがモデルと思われる)の対岸「三月町」に住むあかり・ひなた・モモの川本家3姉妹との交流を中心に、それぞれの家族の事情とか、個性的なプロ棋士たちの描写が興味深い本作『3月のライオン』。前巻から1年ちょっとあいて10巻の刊行となりました。作者の羽海野先生の手術・療養によるためとのことです(どうぞご自愛下さい)。
零の通う私立駒橋高校に入学し、つぐみちゃんという友達もできたひなたに、ほとんど保護者のような視線を向ける零ですが、かたや自分の将棋部には強面な教師陣が大勢所属することになり、将棋部っていうか広域指定な反社会団体の様相。「先生」「詰めろ」「玉頭取り」「潰す」…そんな言葉たちが、なんか違う意味に読めたりして苦笑です。そりゃ「お金をバラまく」「生贄」という不穏な夢をみたりもしますよね(林田先生が云っているようにフロイトの夢分析を調べてみたら、「お金を浪費する」=セクシャルな冒険への願望、「自分が犠牲になっている」=被害妄想とか出てきましたが、いまいちしっくりこない。別の解釈がありそうですな)。
そんな日常の中、ふらりと零が訪れたのはかつての育ての親の処。
「やる気を他人に出させてもらわないといけない人間は/どっちにしても/いずれ行き詰まる」。かつての幸田のこの言葉が、読者たる自分にもグサリときます。
自分でやる気を出せた零は、そのことで幸田の実子たちから拒絶された過去があります。
思うに、人を攻撃し、居場所を作ってあげないことは、根本的にはその相手の寛容さに甘えているということでしょう。そして零の寛容は、たぶん本当の子じゃない故のものだったんだと。幸田の奥さん(零にとって母親代わり的な位置)が夢見たように零が過ごせる場所が、あったらよかったですよね。
初登場のB級2組棋士、入江と零の対局も見どころです。鈍足な棋士人生を歩む入江からの視点で描かれる、盤上と追憶や幻想が入り交じる展開は、ある意味でこの漫画の真骨頂と云っていいでしょう。パニックに対する格言「落ち着くまで裏返って空を見てろ」も頼もしいし、以前は鳥に例えられ、今度は魚に例えられる宗谷名人も相変わらず神秘的で興味深い。
こういう“棋士のプロフィール”的な一篇がちょくちょく挟まれるのも魅力的ですね。例えば『鉄鍋のジャン!』(100夜100漫第41夜)とか『哲也-雀聖と呼ばれた男-』(第78夜)とかもそんな描かれ方をしていますが、それらが敵役としての側面が強いのに対して、この漫画ではかなりフラットに(それ故にどの棋士も相応に魅力的に見える)扱われているところも特徴的だと思います。
そして、今巻最大の要素は、“川本家に父帰る”。これでしょう。
敢えて多くは書きませんが、やけに綺麗な目で自分の都合を語る彼への印象は、フェイスレス(『からくりサーカス』(第27夜))へのそれと似通います。じわじわ感じられるその違和感と恐怖の描き方が巧みです。
さらに、風雲急を告げる川本家で、零が急転直下の宣言を。「「他人の気持ちを考える人間」が「何も考えてない人間」に勝てる訳が無い」の言葉通り、普段は盤面の展開を“読む”のが何より大切な棋士ですが、ここで空気を“読む”必要はありません。先日言及した『ドリフターズ 4』で豊久がとった行動と同じく、主導権を握る時には多少の強引さが必要なこともあるってもんです。特装版の特典はBUMP OF CHICKEN「ファイター」のCDでしたが、まさに「君がいるそれだけで」戦う意味は十分。あとがき漫画も含め、先生も零も立派なファイターだということが分かったところで、物語は次巻に続きます。
次巻の刊行日はちょっと分かりませんが、きっと来年後半のどこかではないかなと思います。その日まで、自分も色々とファイトすることを誓いつつ、待ちたいと思います。