【一会】『月影ベイベ 7』……なのに、心に沁み入るのは彼の言葉で
2018/07/21
富山県八尾を舞台に、高校生の佐伯光(さえき・ひかる)と峰岸蛍子(みねぎし・ほたるこ)、光の伯父にあたる佐伯円(――・まどか)の3人による淡い三角関係を中央に置き、八尾の伝統舞踊“おわら”をめぐる人々を描いた『月影べイベ』。一時休載もあったようですが無事に再開され、ひと月ほど前に7巻の発刊となりました。
現実世界とは少しずれて、作中の季節は8月。9月の本番「おわら 風の盆」が迫ってきます。
そんな今巻の内容は直球勝負。前巻ラストで、ついに光は蛍子に想いを告げたのですが、その後の光と蛍子、そして円という3人のエピソードで、ほぼ占められています。
蛍子にとって光の告白は全く予想外だったようで、戸惑いが先に立ちます。何しろ彼女の気持ちは円の方を向いているのですし。ただ、里央に相談することで、恋とは違う意味で、光に対する好意を抱いていた自分を発見したようです。一方、秘めたる想いを口にした光の方ですが、表面上はさっぱりとしつつも、やはり蛍子を意識して過ごしています。
専能寺という立派お寺で、雨音を聞きながら、蛍子は自分の気持ちを光に伝えます。「だらやな俺」と自嘲して笑う光の笑顔が、笑顔なのですが、やっぱり哀しげです。自分も経験がないではないですが、こういう時って、確かにその場では笑うしかないと思います。雨が降っていたのは、光にとって幸いだったかもしれません。
2人のやり取りとは無関係に、“おわら”本番である「風の盆」は近づいてきます。夏休みで県外から大学生が帰ってきて、地元組と挨拶したりする様子は平和ですが、男女が組んで触れ合う、新しい“おわら”の所作「混合」の練習は、今の光と蛍子には厳しいところでしょう。身長差がちょうど良いので、他の人とペアになるのも難しいようですし。
それでも光が友人たちにペア交代を打診したりもしますが、蛍子は「踊りは踊りとして/ちゃんとやる」と不承知。周囲の助言もあって、どうにか「混合」が出来るようになりましたが、やっぱり蛍子の疲労は大きかったようです。
そこへ絶妙なタイミングで登場してくるのが、他ならぬ円。読み始めた当初、自分は円のことを「おじさんだよなぁ」と思っていたのですが、心なしか今巻の彼は色っぽく、見つめる蛍子の恋心あふれるモノローグも分かるというものです。
ふいと蛍子の口をついて出た言葉から、休日に円と蛍子の2人だけで外出することに。ただ円の車でショッピングモールに行くだけなのですが、蛍子は当然どきどきです。円の方も蛍子を丁寧に扱っていますし、『SPACE BATTLE VII』なる、某全9部作予定のSF大作っぽい映画をわくわく観る様子が、彼女をときめかせたりも。
けれど、買い物のようなデートのような1日の終わりの一言は、蛍子にとって残酷なものだったようです。暮れなずむ海辺で、円が蛍子に語った“告白”は、読んでいる方も嘆息が漏れるものでした。円は彼女の気持ちを分かっているのか、今はまだ分かりかねますが、そうだとすれば彼も彼で辛いのだとも思われます。
円との一件は、蛍子に、周囲の人間が自分の中の“繭子”(蛍子のお母さん)しか見ていないのではないか、というアイデンティティ崩壊の危機をもたらします。そんな彼女を元気づけようとするのは、やっぱり里央や「おわら5」(“おわら”名人な男子5人組)といった友人達。
川の中州で花火(里央は男子と一緒にやるのが嫌そうだけど)という青春まっただ中な情景が素敵ですが、蛍子の一番の救いになったのは、やっぱり光の言葉だったと思います。それは、型を守るところから始まって、やがて型を破り、離れるとされる“守破離”の教えを思わせる点でも重要ですが、何よりも、真摯さと思慕のこもった、“2度目の告白”と云っても過言ではない名台詞だったのではないでしょうか。
少し気持ちの軽くなった蛍子ですが、そもそも母・繭子の“おわら”とはどんなものだったのか、という点に興味が向かいます。母の踊りが撮られたビデオテープがありますが、今すぐに再生はできない様子。時代を感じます。
命日なのでしょう、ちょうど祖母と蛍子で繭子の墓に参る(ついでに気まずい円とすれ違う)など、なんだか繭子に強い縁があった日なのかもしれません。ふとしたことで蛍子と光が見つけたノートは、気丈だった母が最期の日々を書き残したものだったようです。
繭子の本心が明らかになると予告された次巻8巻は、今冬刊行予定とのこと。今年も現実世界の「風の盆」は見に行けないかな、と思いつつ、急に流しそうめんを食べたくなったりもしつつ、楽しみに次巻を待ちたいと思います。