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【一会】『月影ベイベ 4』……何かが変わる、その瞬間

      2018/07/21

月影ベイベ 4 (フラワーコミックスアルファ)

 富山県八尾を舞台とした、伝統舞踊“おわら”にまつわる恋物語『月影ベイベ』も4巻を迎えました。
 “おわら”大好きな高校生の佐伯光(さえき・ひかる)と、東京からの転校生でありながら優美な“おわら”を踊る峰岸蛍子(みねぎし・ほたるこ)。この2人と、光の伯父で蛍子ともただならぬ関係を匂わす佐伯円(さえき・まどか)をめぐって始まったこの漫画。今巻は七月の演技発表会の直後までが収録されていますが、ある意味では前巻まではプロローグだったのかもしれません。

 そう思えるほどに、今巻収録の第十七話は王道にして綺麗、そしてドラマティックです。
 初夏の北陸の宵、清冽な川の流れ、たゆたう淡い光と静かに舞う彼女。光の“その瞬間”に、これほど魅惑的な状況を用意した、そのセンスに乾杯です。2人の幼少時代—−十数年前には何か伏せられた事情があるようですが、そのもやもやを補って余りある名場面だと思います。

 “その瞬間”を挟んで、自分の心も身体もまるで変わってしまう。恋に落ちるというのは確かにそういうことだと思います。
 とはいえ、話に聞くだけでは何となく「そういうものだろうな」と漫然と考えてはいるものの、そこまでリアリティがないのも確か。実際に自分が恋に落ちて初めて身に沁みるというものでしょう。自分のそう多くない実体験に照らして云いますが、本当に些細なことで胸が痛かったりしますからね。
 そういうわけで、恋愛経験の乏しい光はなかなか大変な様子。元若人の自分から見れば、彼の狼狽は切なくも懐かしい味わいで、いい感じです。今後も彼の懊悩は続いていくのでしょう。

 そんな光の痛みが描かれる一方、遅すぎた恋の存在がにわかに明らかになる一幕も。今回の表紙でもあるし、光たちのクラスメイトで“おわら”の名手でもある里央は4巻の影の主役かと。1巻から節々で彼女が見せた苛立ちとか安堵とか詠嘆は、そういうことだったかと合点がいきます。
 彼女の心境に着目して読み返すと切なさ三割増でしょう。これもまた、恋に落ちた者の姿ということでしょうかね。

 色々と湧いてきた初めての感情によって、演技発表会でちょっとした窮地に追い込まれる光ですが、それを救うのは他ならぬ蛍子と円。それぞれに(特に円に)対し、光は複雑な思いを抱いているはずだけど、“おわら”の人と人をつなぐ屈託の無さが救いになります。この点、この漫画の根幹に関わってくるんじゃないかと思ったり。

 円に取材を申し込んでくる富山きときとテレビの川瀬鮎美さんが何気に曲者の気配濃厚だったり、巻末には「かきおろし おわらの踊り方」が付いて、いよいよ“おわら”漫画としての完成度もいや増してくる感じだったりしつつ、物語は円と蛍子の母、繭子の過去へ。2人の友人である富樫も入れて“男子2女子1”という『坂道のアポロン』(100夜100漫第138夜)を彷彿する構図を見せる過去編を描く第5巻は2015年春刊行とのこと。芽吹きの季節を楽しみに、待ちましょう。

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