第42夜 恋情も、不安も、諸共に携えて見上げよう…『宙のまにまに』
2018/07/07
「21分30秒/ポルックス方面2等級!/はいっ」
『宙のまにまに』柏原麻美 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2005年9月~2011年7月)
この春から高校に入学する大八木朔(おおやぎ・さく)は、父親の単身赴任を期に、かつて住んでいた小杉野市に戻ってくる。文学青年の彼は、落ち着いた学園生活を望んでいた。
しかし、高校入学と同時にその希望は瓦解する。その昔、星見に朔を連れ回し、トラウマを植えつけた張本人、明野美星(あけの・みほし)に捕まってしまったのだ。
紆余曲折の末、美星の創部する天文部に入部を決めた朔。星空ロマンチックときどきラブコメ、ところにより将来への悩み混じりの彼らの高校生活が始まった。
ロマンティック理系
告白すると、高校時代に天文部にいた。気象領域もやっていたので、平日の昼間の活動としては太陽の観測をしたり気温や湿度を計ったりして、休みの日に山に行って流星群を観たりした。女子部員に教わって『星の瞳のシルエット』やら日渡早紀の諸作品やら『白線流し』やらは押さえているのだが、それらと同じように、自分にとって本作は高校時代の思い出のずばりど真ん中を貫く作品と云える。掲載誌が“漫画界の吹き溜まり”と僭越ながら勝手に自分が思っている『アフタヌーン』ということもあり、少女漫画的でありながらも純然たるそれではなく、星空そのものへの興味を前面に出している点が新鮮に読める。
天文部というと基本的には理系なのだが、神話や伝承への興味から文系の人間も入り浸り、どっちつかずのカオス状態が現出する。文系の人々が見ているのは、ギリシア神話に端を発し、宮沢賢治や、最近(といってももう10年以上前だが)では初期の長野まゆみなどが描き出すような、いうなれば“ロマンティック理系”の世界なのだ。星空は理系的に見れば光の点の集合だが、古代の人々はそこから星座という空想(=“ロマンティック理系”)を生み出した。本作においては漫画という表現を生かし、“ロマンティック理系”的な星空を紙上に現出させることに成功している。
将来に思い悩む権利
主人公の朔は読書家の文系人間で、将来は作家になりたいと密かに思っている。こういう高校生は無闇に自信があるか、全く自信が無いかのどちらかだろう。いずれにせよ過剰気味な自意識で自分を特別視しているからなのだと思うが、終盤、部員たちが少しずつそれぞれの将来を考えだす辺りでの焦りとも諦めもつかない気持ちになる、その辺りの感覚をすくい取っている辺りは絶妙な鋭さだ。
作家志望者に限らず、将来が段々と近づいてくる時、漠然と抱いていた希望が、だんだんと実は不可能に思えてくるという経験は、多かれ少なかれ誰にでもあるだろう。だが、青春時代という時期には、思い悩んで踏み出して、あげく失敗すらしてみる権利があるのだろう。あまり踏み出さなかった自分がここで云うのもおこがましいが、そうした日々に星空がいっそう身近に感じられるのは、その権利があるからなのだ、と思う。
*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 13cm)、全10巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。