【一会】『月光条例 27』……瞳に月を映して消えゆくものたち
2018/07/20
ついこの間『月光条例』26巻について書いたと思ったら、もう27巻。帯によると「怒濤の2か月連続刊行」とのこと。以前『はじめてのあく』(第95夜)でもラスト4巻が4か月連続刊行されていましたが、小学館のお家芸なんでしょうか。
前巻に引き続き、「紙上の者」こと「おとぎばなし」の住人と、月の客との激突が描かれ、同時に敵の首魁であるオオイミに接近しようと試みる月光や、エンゲキブの奮闘が描かれる今巻ですが、「おとぎばなし」の住人たちの戦いに、もう涙で前が見えません。
藤田和日郎氏は、かつて「背中を丸めてマッチなんぞすってる」マッチ売りの少女に我慢ならなくて『うしおととら』(100夜100漫第64夜)を描き始めました。けれど、彼女にはもう、“助けてくれるヒーロー”は不要です。だって彼女自身が戦う事を選び、にっこり笑う、立派なヒロインになりましたから。
彼女だけじゃありません。シンデレラも赤ずきんも、ミチルもおやゆび姫だって、彼女たちの誰もが、己の信じることのために、傷つくことも厭わず、闘いに身を投じていきます。
もちろん彼女たち以外の、金太郎も、はだかの王様も、斉天大聖そんごくうも、「おとぎばなし」の住人は誰も彼も、大切なものを護るための、悲しいけれど敗けられない闘いを戦います。その瞳に翻るのは蒼き月影。この漫画が開始された当初、禍々しい狂態としか捉えられなかった月打(ムーン・ストラック)の状態が、こんなにも頼もしく、そして魅力的に描かれる時が来るとは! 全てをかなぐりすてて闘うその姿に、龍魔人と化したダイ(100夜100漫第90夜)や、裏コード“ビースト”を入力し、弐号機とともに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」を体現した真希波・マリ・イラストリアスを彷彿します。そして、その戦う理由が——ここには敢えて書きませんが、幼い頃に親しんだ「おとぎばなし」から、いま楽しんでいるアニメやドラマやゲームまで、読者が触れた物語が多ければ多いほど——、広がりをもって迫るはずです。
あまたの激闘の中、マッチ売りの少女とともに印象に残るのは、シンデレラ、赤ずきん、そしてはだかの王様とそんごくう達の闘い。特に、はだかの王様とそんごくうが、“物語”の希望を残ったもの達に託して笑い合うシーンには、何度読んでも目頭が熱くなります。
漫画を含む物語を、現実からの逃避とする捉え方はあり得ると思います。けれども一方で、虚構がそれをみる人に現実を生きる力を与えてくれることもあると自分は信じます。そう信じさせてくれる名シーンだと感じました。
そして、多くの闘いの後、最後に2人で話しているマッチ売りの少女とお菊はもちろん月打されたままですが、その瞳の中にある月がこの上もなくチャーミングです。闘いに疲れ果て、ぼろぼろになった衣服のままなのに、これほど魅力的な彼女たちを描けるのが、藤田和日郎という漫画家の本当の才覚と云えるかもしれません。
もちろん月光やエンゲキブ、天童にトショイインたちも限界を超えて頑張りますが、今巻はやはり、紙上の者たちの覚悟と、哀しみと、そして喜びがないまぜになった感情が迸った一幕と云えるでしょう。
寂しくなりましたが、それでも大団円を信じて、次巻を待ちたいと思います。