【一会】『双亡亭壊すべし 1』……何を憎み、何ゆえ破壊を願うのか
2018/07/21
『うしおととら』(100夜100漫第64夜)『からくりサーカス』(第27夜)『月光条例』(一画一会第26巻以降)など、藤田和日郎先生の作品には多く言及してきましたが、先月、新たな連載作品『双亡亭壊すべし』の1巻が刊行されました。ひと月ばかり遅くなりましたが、読んで思ったことを述べようと思います。
中身の前に、まずはタイトルについて少し。「○○すべし」というタイトルとしては、故・大藪春彦氏のアウトロー小説『野獣死すべし』が有名だと思いますが、総じて物語のタイトルとしてあまり例がないように思います。しかも「壊すべし」というのは、特に珍しいのではないでしょうか。それだけに、どういう物語かをタイトルから推しはかるのは難しそうです。
とはいえ、何かを破壊する話というのは分かります。壊すことをテーマにした漫画と云えば、自分は『はじめてのあく』(第95夜)の藤木俊先生の連載デビュー作『こわしや我聞』を思い出します。が、あちらがどちらかと云うと物理的な解体業(仙術という概念が登場しますが)であるのに対し、この漫画では〈双亡亭〉という建造物を対象としながらも、どうもそれは普通の建物ではなさそうです。その字義からは「双(ふた)つ亡ぼす建物」というほどの意味と思われますが、それだけでは“何を”亡ぼそうというのか不明です。あるいは「たがいに亡ぼす建物」かもしれませんが。
タイトルからあれこれ考えるのはそこまでにしておいて、中身の話に入りましょう。
恐らくは現代の日本。東京都内の沼半井(ぬまなからい)町に建つ幽霊屋敷〈双亡亭〉が全ての始まりです。
その〈双亡亭〉に何やら因縁のありそうな内閣総理大臣の斯波敦(しば・あつし)と、幼馴染みの桐生(きりゅう)防衛大臣。彼らは何やら覚悟を固めた様子です。
その一方、本編の語り手で〈双亡亭〉の隣のボロアパートに住む絵本作家志望の青年・凧葉務(たこは・つとむ)は、近所に引っ越してきた立木緑朗(たちき・ろくろう)という少年と出会います。緑朗が父親と越してきた処こそ、〈双亡亭〉の一角。その夜さっそく、悲劇は起こります。
緑朗が変わり果て、斯波総理の指示による〈双亡亭〉爆撃作戦が敢行された時、動き始めたもう2人の存在がありました。突如として現れ羽田に降りたボロボロの旅客機の中にただ1人居た、体の一部が螺旋状に変化して攻撃し、「ミンナコワシテヤル」と呟く少年。そして、遠く大分県の九重山(くじゅうざん)で旅立ちの準備をする、緑朗の姉に当たる巫女の少女です。
緑朗の入院先で彼らは一堂に会すと、緑朗は〈双亡亭〉に憎悪を滾らせる少年――務の親戚に当たる凧葉青一(たこは・せいいち)と共に〈双亡亭〉を壊すために現地に急行。残された務と少女――柘植紅(つげ・くれない)も、緑朗たちの身を案じつつ行動を共にします。
紅は霊刀をもちいて魔を祓う刀巫覡(かたなふげき)という能力のために、務は写真が無効となる〈双亡亭〉のスケッチを描いていたために、環境省「特殊災害対策室」の〈双亡亭〉破壊特別工作班に半ば強制的に組み込まれ、彼らもまた〈双亡亭〉に赴くことに。
一方、青一はかつて自分が暮らしていた家に立ち寄り、そこに集まっていた黒いカゲを一掃。再び〈双亡亭〉を目指し、緑朗とともに移動を始めるのでした――。
以上が、大いに端折った第1巻の概要と云えるでしょう。
例によって物語の開始からフルスロットルで、詰め込まれた要素の半分も上の概要には書いていませんが、とりあえず、印象的なシーンや要素について述べて行きたいと思います。
まず、冒頭から悪夢の中でナナという少女の変貌ぶりが描かれ、驚愕しました。〈双亡亭〉で何かがあった後の緑朗の顔も同じようにホラーでしたし。これまでも藤田作品はホラー風味な作風ではありましたが、今回は〈双亡亭〉という幽霊屋敷が舞台となりそうですし、よりホラー的な方向なのではないかと予想している次第です。
また、いきなり〈双亡亭〉を爆撃する、という展開にも驚きました。『うしおととら』では自衛隊、『からくりサーカス』では警察機関や研究機関、『月光条例』ではツクヨミという「おとぎばなし」の世界からの使者が所属する公務員機関が登場しましたが、公的な機関による力が序盤から大々的に用いられる、というのは初めてのパターンかと思います。
それで結局、〈双亡亭〉に対し現代兵器や重機による物理的干渉は無効である、ということが早々に示されることとなりました。ということは、以後はそれ以外のアプローチで〈双亡亭〉を壊していく、という展開になるのでしょうか。
ただ、「〈双亡亭〉は…/…オバケとか……/そんなカンジのモノじゃないような…気がするんだよ…」という緑朗の印象が気にかかります。物質でも霊的なものでもないとするならば、何なのでしょうか。
紅の刀巫覡の師匠と思われるお婆さんの話からすると、〈双亡亭〉は、神職・仏道・祈祷者といった人達の間ではよく知られているようで、しかもそういう人たちも出来るだけ関わりたくないと考えているように受け取れます。少なくとも〈双亡亭〉が強い超常的な力を持つ建造物であることが窺えるのですが。
もちろん〈双亡亭〉とは何なのか、ということも気になりますが、その前段階として、なぜ青一は〈双亡亭〉を壊そうとしているのか、という問いが浮かびます。君は何? と緑朗に聞かれた彼は、遠いところへ行って帰ってきた、帰ってくるときに「アノヒト」に「ミンナコワシテ」と頼まれた、と答えています。
40年以上も経っているのに加齢がみられないことも考えると、SF的な異世界なのかとも考えますが、それが〈双亡亭〉とどう関連するのか、には自分は答えを用意できていません。ただ、名札を無くしてしょんぼりするなど、青一は割と普通な反応もしており、別に人間性を失っているわけではないようです。
そういう青一の様子は、同じように〈双亡亭〉破壊の強い念を宿しつつ、普段は普通に振る舞える緑朗や、あるいは斯波総理達と重なる気がします。自分の無根拠な想像なのですが、青一は“何か”が完全に行われた状態で、緑朗や斯波達はそれらが不完全な状態なのではないでしょうか。
この考えの正否を確かめるためには、斯波達や、とりわけ緑朗の双亡亭体験について、もっと情報が必要でしょう。双亡亭で“変になった”緑朗の父親は、亭内の絵らしきものを見て、こう言いました。「これ、パパの…」。自分の何を見たのでしょうか。気になります。
だいぶ頭の疲れることを書いてきましたので、最後はヒロインと目される紅について思ったことを。
田舎セーラー(自分の造語です。ひと昔前の地方の女子生徒が着ているような、少々野暮ったいタイプのセーラー服のこと)、かんざし代わりの霊刀の鞘、九州仕込みらしい男気溢れる戦いぶりなど、いちばん少年漫画らしいのは、実は彼女ではないかと思います。それでいながら、方向音痴なのか東京に不馴れなのか迷子になっていたようですし、焦ると訛りが出るところなど、愛嬌があって良いですね。
今巻では、青一の方が強そうな描写ではありましたが、それでも〈双亡亭〉に待つであろう困難に際し、戦士として活躍してくれるでしょう。自分が両親の離婚の切っ掛けになったという負い目を感じているようですので、割と過保護っぽく接している緑朗への愛情が報われると良いなと思います。
そんな彼ら一行が、いよいよ〈双亡亭〉に入っていく(と思われる)第2巻は、10月中旬の発刊予定です。情報を整理しつつ、楽しみに待ちたいと思います。