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【一会】『プリンセスメゾン 4』……真摯さに、祝福あれ

      2018/07/21

プリンセスメゾン(4) (ビッグコミックス)

 26歳、年収250万円ちょっとの沼越幸(ぬまごえ・さち)のマンション購入を主軸に、色々な人物の住まいと暮らしと孤独を描いた『プリンセスメゾン』。昨秋はNHKでドラマ化などもされた本作の4巻が6月に刊行されました。例によっていささか遅いのですが、内容と感想を書いていきたいと思います。

 前巻でついに納得のいく物件を見つけ、これを購入した幸。彼女の今後が気になるところですが、今巻の冒頭では、彼女とは別のエピソードがまず2人分続きます。
 1人目は、グラフィックデザイナー(?)の恩納さん。パソコン・ネット環境・電話・ファックスがあれば、どこでも仕事ができてしまう彼女は、定期的に住まいを移ります。しかも賃貸ではなく、その都度ローンを組み購入して住んでいるのは、「人間が苦手なもんで」と語る彼女の性格によるのでしょう。
 最近は政府も云っているテレワークには、通勤しないで済むなどのメリットがありますし、自分も割と賛成なのですが、一方で“どこにでも行けてしまえる”ということは、孤独を引き受けるということかもしれません。しかし、それが自由の代償なのだとも思います。
 2人目は、バリキャリの竜野さん。年上で社歴も上の部下、沖との微妙なやり取りをしつつ、実家の両親の世話を結婚した姉に押しつけられがちなのが最近の悩みです。親と自分の人生は全く別物ですが、帰るとやっぱり落ち着いたりもする、自分が十分に大人になってからの実家というのは、考えようによっては奇妙なものです。ところで彼女はとてもお利口な「ヤンソン」という猫を飼っています。村上春樹氏が何かで書いていた“旅行好きの猫”の話を思い出します。

 そして本筋である幸のエピソードです。プロジェクターでエレファントカシマシの映像を流し、1人ライブを満喫中だった持井不動産の要さん。彼女にかかってきた電話は幸からでした。本来は不動産会社の従業員とその顧客という関係の彼女たちですが、今やすっかり友人関係です。
 呼び出された要さんと幸が赴いたのは、他ならぬ幸の新居。なぜか血走った目の幸ですが、どうも自分だけで新居に入るのは初めてのよう。緊張してたんですね。「私の家です」と改めて紹介する幸の表情と、物が無くてがらんとした新居の様子に、嬉しさと、何だか頼りないような広漠とした気持ちが感じられます。
 要さんが呼ばれたのは、新居の各部のサイズを計るアシスタントをしてもらうためだった模様。メジャーで計りながら幸が口にしたのは、ここに住むと決めた覚悟の言葉でした。それに答えた要さんの言葉は、“命を燃やすもの”を見いだせなかった者の空虚さ。彼女がなぜそんなにも幸のマンション購入を応援し、アーティストやライヴにのめり込むのか、分かった気がします。この場面に流れているエレカシの「ズレてる方がいい」の骨太さは、2人の間の断絶と、にもかかわらずの友情を、いっそ清々しく歌っているように読みました。

 引っ越しの準備を進める幸ですが、彼女のお祝いのために要さんや阿久津さんたち持井不動産の面々は「じんちゃん」に集合します。ただ、当の本人が勤務中なので、結局ただの飲み会みたいになってますが。
 幸がマンションを購入したということは、これから短くない期間、ローンを支払っていくということ。その不安な気持ちに、伊達さんの「今は、/立ち止まってはいけませんよ。」という言葉は沁みたことでしょう。
 そして、新居への引っ越しは、長らくお世話になったアパートとの別れでもあります。ここに来てから8年の出来事が脳裏に去来する幸の、旧居への言葉は謝罪と感謝でした。彼女の半分の4年間ですが、学生時代を終えた時の自分の引っ越しが思い出されて、この場面は熱いものが込み上げてきました。『ONE PIECE』のサンジではありませんが、長いこと寝起きして、食事をして、泣いたり笑ったりもした住まいとの別れは、まさに「くそお世話になりました!!」な気持ちです。
 それはそうと、幸の考案したメニュー「塩レモン風味トマトはさみ」「田楽風味とりなす」はどちらも美味しそうです。「じんちゃん」のモデルになった焼き鳥屋さんがあるのなら、ぜひ行ったみたいところです。

 ここで幸のエピソードに挿入する形で描かれるのは、1巻で彼氏と別れ、ひとり暮らしになった阿久津さん視点の話です。いま住んでいるのは結露が多い部屋のようで、結露対策用品を探している様子。バルコニーがあるだけでも結露には良いらしいですが、なかなか無いですよね。
 彼女もまた、何かに“命をかける”人のことを、羨望をもって見つめているようです。彼女にしてみれば、難聴覚悟でライブを追っかけ自分を「バカ」と云う要さんも、眩しい存在に違いありません。「私たちの将来は不安がいっぱい」で、「ちょっとでも健康でいたい」のは確かだけど、「人生って安全に健康に安定して生きてければ幸せってわけじゃない」という分析は、きっと正確だと思います。
 惑う彼女は自分の母親にも「命かけたことある?」と聞きます。帰ってきた答えを聞いて、「私、一生懸命 生きなきゃだね」と応じた彼女の表情は、少しだけ晴れていました。彼女の部屋にバルコニーなんて無いけれど、「かわいい」結露吸収シートは、確かに彼女が選んで手に入れたものです。

 一方、幸の引っ越し準備は進捗中。床のコーティング、窓ガラスの紫外線防止シート、照明器具などなど、家を買っても、それに付随する出費はまだまだあったりします(その値段を見て、また彼女の目は血走ってます)。ちょっと沈んだ気持ちを上げてくれるのは、他ならない新居です。
 ローンもあり出来るだけ節約したい幸は、床のコーティングなどについて伊達さんに相談します。彼によれば、それらの工程を追加せずとも、ある程度の対策は行われているとのこと。いずれにせよ、不安はあるけど、頑張ろうという幸の気持ちは揺るぎないもののようです。

 今巻の幸の物語は、以上で一段落。残り2編は、また別の人々の物語です。
 まずは花音(かのん)と風花(ふうか)の一卵性と思われる双子のエピソードです。インテリアコーディネーターで一人暮らし、浮気していた彼氏と別れたばかりの花音と、結婚して子どもが2人いる風花。対照的な2人のこの頃の関係は、花音が風花の家に「所帯くささ味わいに」来る形で成立しているようです。
 2人の暮らし方の違いは、考え方の違い、持って生まれたセンスの違いというものでしょうか。風花も花音も、それぞれ良い生き方だと思うのですが。
 ミッション系らしい学校に通っていた当時の2人の回想に登場する花音の言葉に、はっとさせられます。「その身を神に捧げるでもなく…/誰かと愛しあって命を繋げるでもなく、誰かのために役立つこともないまま生きる人を…/神様は祝福するかしら」。自分はしてくれると思います。

 幸が引っ越しを終えた日、「じんちゃん」には、幸の後輩君の父上が来店しました。子どもは皆ひとり立ちし、奥さんに先立たれた父上は名古屋でひとり暮らし。幸にはもう両親がいないので、少し羨ましいみたいです。
 話としては、ただ彼が「じんちゃん」で食事を摂って名古屋に帰るだけの一篇です。が、「もう寂しいとかいちいち思わへんわ」と云う父上の、独居者であることが固定された境遇には、複雑な味わいがあります。“哀しい”も“寂しい”も、懐に入れて穏やかに過ごすようなイメージでしょうか。そんな暮らしの中では、ゴミ捨て場でカラスに追っかけられたりするイレギュラーも楽しみのうち、なのかもしれません。

 本編後、2~3ページの掌編的な幾つかのお話を最後に味わい、新居のベランダに出てホットミルクを飲む幸の大ゴマで今巻は幕です。次巻は来年2月頃になるでしょうか。新居で暮らし始めた幸に何が訪れるか、またどんな人の暮らしと住まいを垣間見れるか、楽しみに待ちたいと思います。

 - 一画一会, 随意散漫 , ,

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