【一会】『いぬやしき 9』……束の間の平穏、そして迫る大災厄
2018/07/21
普通の人間だった初老男性と男子高校生が、異星人が起こしたアクシデントによって高性能のアンドロイド化。それぞれ極に振れた2人を対比し、人智を超えた能力を誇る機械となった男子高校生・獅子神皓(ししがみ・ひろ)の暴走を食い止めようとする初老男性・犬屋敷壱郎(いぬやしき・いちろう)の活躍を描く“おとうさん英雄譚”が、本作『いぬやしき』です。
今秋アニメ化も決定しているこの漫画の9巻が、8巻の予告通り5月に出ました。今更ですが、読んだ感想を書いておきたいと思います。
ちなみに、今巻にはカラーコミック付きの特装版が存在します。2年ほど前に『マガジン』に掲載された出張読切に着彩したもののようですが、内容的にはダークヒーロー皓のサイドストーリーといったところかと。
それはそうと、今巻の話に入りましょう。
皓が飛行機を落とし、さらに皓と壱郎が闘ったことで東京の街には甚大な被害が出ました。当然、命を落とした人もたくさん居るのですが、壱郎はそうした死者や怪我人たちを次々に治療していき、即座にネットで共有されて文字通り「神」と呼ばれることに。
そんな彼の脳裏に去来するのは、これまでの人生でした。58年生きてきた意味は今この時のためにあったと彼は独白して涙を流すのですが、人の命を大切と感じる彼の性格は、どのように培われてきたのでしょうか。そこも気になりますし、もっと気になるのは彼の涙でしょう。その悲しそうにも見える表情からは、もしかしたら言葉とは裏腹に、自分の今の境遇(≒アンドロイド化してしまったこと)を強引に「よかった」と思い込もうしているようにも、思われます。
ともあれ、事態は沈静化されました。ネット上で壱郎は有名人になったようですが、彼の家族は、直に壱郎の活躍を見た麻理以外はまだ何も知らない様子です。そして一方、壱郎にやられた皓の方も、完全に斃れたわけではありませんでした。
家に戻った壱郎は、テレビで事の次第を知った家族と対面します。ついに、今の自分が何者になってしまったかを知らせる時がきました。でも、たとえ身体が得体の知れない機械になってしまったとしても、以前と思い出や意識を共有できているのなら、多くの人がそれは同一人物だと認識すると思います。彼の家族も概ねそういった反応を示していますが、唯一、長男の剛史だけは複雑な面持ち。その感覚も分かります。
一段落ついて、壱郎も子どもたちも職場や学校に復帰します。ネットやテレビでばんばん動画が流れているだろうにも関わらず、職場では誰にも指摘されなかったという壱郎さんの影の薄さは本物ですね。。
そんな中、壱郎の協力者である安堂直行(あんどう・なおゆき)の家には侵入者がありました。誰あろう、幼馴染みでもあり、アンドロイドとなって大量殺人を引き起こした皓です。以前と変わりない皓の挨拶にも、応じた安堂君の反応にも、緊張感が掻き立てられます。
しかし、ついに堰を切った直行の追求が、皓に突き付けられます。もちろん皓は許されざる者なわけですが、ここからの数ページは皓にも少し感情移入して読みました。彼の罪は、どうにも取り返しも申し開きもできないには違いないのですが、無機質にそれを断罪しようとする人々にも何か怖いものを感じます。
一方、壱郎が命を救うのを目の当たりにしたことで、剛史の戸惑いも多少は薄れます。自分も機械になって認められたい、死なない存在になりたいと云う剛史の考えを壱郎は否定しますが、壱郎自身、機械になって自分を肯定できたのは確かでしょう。
ちなみに、ここで壱郎が云う「ホビットでも自分が好き」というのは、1話の話の続きと思われます。自己肯定できた理由を、彼は心優しい自分の性質が活かせたから、と云いますが、それよりもやはり、家族に受け入れられたから、というのが大きいと自分は思います。
序盤で描かれた様子とは打って変わって、仲良く過ごす犬屋敷家の人々。しかしここで、皓の猛威にも匹敵する災禍が降り懸かってくることになります。以前から伏線はありましたが、合衆国大統領が発表したその災禍とは、3日後に隕石が地球に衝突するというものでした。
この一大事の予告を受けて、世の中は無政府状態に。仕事や学校に行く人も殆ど居らず、公共の場所で全裸で走り回り、警察は犯罪行為を取り締まろうともしません。大統領の云い方次第では、もう少しマシなことになったんじゃないかと思いますが、実際トラ◯プ氏ってあれくらい云いそうですよね。。
大震災の時のように公共広告機構のCFだけになったテレビを見たりする夜を過ごし、壱郎は恐らく最後となる決意を固めます。それはきっと、自分の力で隕石をどうにかする、というものであることでしょう。
といったところで、今巻は幕。最終巻となる10巻に続きます。刊行予定は既に決まっており9月22日。あと1か月を、神妙にかつ楽しみに、待ちたいと思います。