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【一会】『プリンセスメゾン 3』……ロマンティック重要事項説明

      2018/07/21

プリンセスメゾン(3) (ビッグコミックス)

 居酒屋「じんちゃん」で働く、年収250万円ちょっとの沼越幸(ぬまごえ・さち)の“運命の物件”探しをメインストーリーに、女性たちの“住まいと孤独”を描く池辺葵氏『プリンセスメゾン』。昨年の話になってしまいましたが、10月末に3巻が刊行されました。遅きに失するのもいいところですが、概要と感想など書き留めます。

 今巻の始まりは、新たな年を迎えた雪降る東京から。それぞれの年始の様子が描かれます。幸の関心事は、やはりお金とまだ見ぬ自分の住まい。以前(2巻の時でしょうか?)要さんに教えてもらったように、自分の理想の間取りを紙に書きます。
 この理想の間取りを書くというのは自分の母も好きで、よくやっていました。自分もやってみたことがあるのですが、意外と楽しいです。ただ、あまりに過大な理想を描き出してしまうと、実現する可能性の低さを感じて寂しいことになったりしますので、その点は注意ですが。
 ともあれ、描かれた間取りは、幸の物件探しをサポートする持井不動産の営業部員・伊達さんに渡され、周囲のスタッフ達の気持ちも新たなものに。今年こそ幸の住まい探しもゴールイン、といきたいところです。
 ところで今巻では、常にクールな眼鏡男子・伊達さんのプライベートが数ページにわたって描かれており、興味深いです。既に1巻でも少しだけ描かれていますが、きちんと生活を整備し、日常に小さな喜びを見いだして過ごす彼の暮らしは、確かに自己完結していて結婚から遠ざかっている気もしますけれど、何だかとても心地よさそうです。「ひとりで充実してるのはだめなんでしょうか。」と、彼はテレビに向かって呟いたりしていますが、これは登場する多くの人の心情を代弁する言葉なのでしょう。

 その他、パンケーキやプロジェクターでのローリングストーンズのライブDVD鑑賞など、それぞれにそれなりに充実した「おひとりさま」暮らし(一部、何だか恋の花が咲きそうでもありますが)の様子が描かれた後は、以前も登場した女性雑誌『essentia』の編集長のエピソード。つかのま実家に戻った彼女と老いた母、もう大きな子どもがいる(そして孫もいるらしい)入院中の姉との一幕です。
 帰ってくると「しょうもないこと」を考えてしまうという編集長に、姉は「好きに生きたらええのよ」と答えます。が、意地悪に考えれば、それは自分の選択が間違いではなかったと確信しているからこそ云える台詞とも思えます。母の「きばりーや」という言葉に笑顔で応え、再び都会へと戻る編集長の心は、複雑ではないでしょうか。
 一方、幸のもとには、従姉妹のえつ子が訪ねてきます。編集長の姉と同じように、結婚して子どもがいるえつ子。高校時代は微妙な関係だったようにも取れる2人の会話は、上っ面だけのようにも、逆に心を許しあっているようにも思え、微妙な印象を残します。ただ、欲しいものは「手に入れてからが勝負だね」という、えつ子の言葉には幸の全力で同意の様子。道は違うし性格も違う2人ですが、通じ合う部分もあるようです。
 また、購入候補物件がある街の夜の様子を調べに行った幸が出会ったのは、夜のお仕事をしていたヨーコさん。幸との別れ際に別の名を名乗った彼女は、全く新しい生き方を選んで旅立っていきました。住処を探す人もあれば、ひとつの住処に落ち着かず、自由を愛する人もいます。

 さて、幸の住処探しも大詰め。とある日に伊達さんと共に内覧した、寅さんの銅像が立つ街の物件は、幸にとって理想の住まいと映った様子です。
 物件を見た後で、なぜか渡し船に乗る2人ですが、これはいつぞやのスワンボートと同じシチュエーション。まぁ、あの時は要・阿久津コンビがいて、今は渡し守のおじさんがいますが、これはもうデートと云っていいでしょう。相変わらず船が苦手な伊達さんも頑張りますが、幸は思わず「私のマンション」と口に出すなど、頭の中は将来の新居のことで一杯の様子です。それも致し方なしでしょうけれど。
 これまでずっと幸の頑張りを見てきましたから、彼女が購入後の自身の姿を思い描いて笑う様に、読んでいる方もほろりときます。ここが彼女の救いになりますようにと、祈らざるを得ません。
 いよいよ住宅ローンの審査に進む幸ですが、そんな彼女を見て心動かされる女性がもう1人。市役所勤務の薫さんです。物件を見て、彼女が思い浮かべた老後の姿は、いま住んでいる部屋と本質的には変わるところなんて無いのかもしれません。しかしそれでも、「ふふ」と微笑むことができるのなら、それだけで決断には充分なのかもしれません。
 このエピソードの副題は「決断」。もちろん幸が物件を決める「決断」でもありますが、そこに薫さんの「決断」を絡めてきた辺りは巧みだと思います。

 準備万端ととのい、幸の決意も固まったところで、宅地建物取引士の資格を持つ伊達さんにより、幸の購入予定物件「パークホーム柴又301号室」の「重要事項説明」が始まります。 この説明は宅地建物取引業法に則ったもので、物件購入に際して必ず行わなければならないものですが、こんなにロマンティックなのも珍しいのではないしょうか。
 ついに幸は求めていた住まいを手に入れることになりますが、それは即ち、持井不動産に来る必要もなくなるわけで、淡い思いを抱いているであろう伊達さんにとっては、お別れの挨拶みたいなものとも云えます。幸が新居で幸せに暮らすことが「私の最高の喜び」と云ってお辞儀する彼の表情は、寂しげにも満足した様子にも見える、笑顔でした。

 そんな伊達さんに応えるかのような幸の笑顔で、今巻は幕。ここで終わっても名作だと思いますが、お話はまだ続く様子です。
 実際に入居しての幸の暮らしぶりなどが描かれるのか、だとしたら、伊達さんが抱くほのかな気持ちは、なにがしか彼女に伝わったりもするのか。その辺りが大いに気になりつつ、そういえば去年の秋(ちょうど今巻が出た頃ですね)に柴又に遊びに行ったことを思い出し、暖かくなったらもう一度、あの川縁を散歩してもいいなぁと思いつつ次巻を楽しみに待ちます。次巻4巻の刊行は、6月下旬あたりと予想されます。

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