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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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【一会】『3月のライオン 13』……“勇者の場所”に立てる者、望みながら叶わぬ者

      2018/10/25

3月のライオン  13 (ヤングアニマルコミックス)

 15歳でプロ棋士となり、対局に高校生活に悩んだり悔やんだりしつつ成長する桐山零(きりやま・れい)を主人公に置き、棋士たちの群像劇と、東京・月島界隈を思わせる“川の見える町”三月町に暮らす、あかり・ひなた・モモの川本家3姉妹の日々を描く『3月のライオン』。現状の最新巻である13巻の刊行は、昨年9月です。1年経っちゃいましたが、読んで思ったことなどを書き残したいと思います。

 内容に行く前に特筆したいのは、特装版の付録である「おでかけエコバッグ」のこと。幾つも限定版付録に言及してきましたが、実用部門に限れば間違いなく歴代1位の出来だと思います。
 口の部分のファスナー、折りたたみ用のボタン、分かる人にだけ分かる落ち着いたデザインと三拍子そろっており、監修を担当された羽海野先生らしい目配りがされた一品でしょう。入手から1年が経とうとしている今でも鞄に忍ばせ、予期せず荷物が増えた時などに大活躍してもらっています。

惑う先生

 思わずエコバッグについて書き連ねてしまいましたが、中身に入りましょう。
 今巻の内容は、大きく4つに分けられます。まず描かれるのは、前巻の終盤で、あかり(と島田八段)とドラマチックな出来事を経験した、零の元担任・国語教師の林田先生のエピソードです。
 もはや林田先生のあかりへの恋心は明らか。なのですが、あの夜、初めてあかりと顔を合わせた島田八段もまた、あかりを意識しているのではないか。林田先生には、そう思われて仕方ありません。
 同い歳で、長いこと共感して応援してきた島田八段が恋敵になるとすれば、複雑な思いにもなることでしょう。しかし、確証があるわけでもありません。
 一念発起した林田先生は銀座へ。行き先はもちろん、あかりが時々手伝っている伯母・美咲の店です。しかも、お店の前で声をかけてきたのは、誰あろう島田八段だったり。
 初めての銀座・意中の人・憧れの存在にして恋敵(仮)・なんか掻き乱してくる美咲と将棋連盟会長(神宮寺)という環境に、平静を保つのは難しかったとは思いますが、林田先生はかなり“やらかして”しまったと云うべきでしょう。零には呆れられてしまいましたが、島田八段とはまた飲みに行く約束ができたみたいですし、まぁ良かったのではないでしょうか。。
 一方のあかりは、といえば、2人がお店に来てくれて素朴に嬉しかったという感じ。しかし、その背後には、自分の両親が辿った経緯をいちばん近くで見ていたことによる“「人を好きになる」という恐怖”が横たわっているようです。
 たぶん、あかりは彼らの好意を薄々感じ取ってはいるのでしょう。けれども、そこから踏み出すことは当分なさそうです。林田先生か島田八段か、それとも他の誰かか、あるいは彼女自身によるのか、それは分かりませんが、彼女が負ったこのトラウマが解消される時を、自分は待っています。

二海堂の戦い

 一方その頃、零と二海堂晴信(にかいどう・はるのぶ)の同世代棋士は、東陽オープンという棋戦を前にひとしきり盛り上がっていました。トーナメントには島田八段も居ますし、それ以外にも名人・宗谷冬司(そうや・とうじ)ら強豪が顔を揃えています。
 いつもに増して二海堂のテンションが高い理由は、2戦目(というか準々決勝)で宗谷名人と対局できるため。初めて名人と当たるということで、気合いが入るのも頷けます。緒戦の相手である櫻井七段も強敵ですが、どうにか勝って、海と嵐の気配を幻視した名人との対局に臨みたいところです。
 果たして、前夜ふとしたことで注目した古い戦術「雀刺し」がハマり、二海堂は準々決勝へ。「決勝で会おう」と約束した零は敗退したようですが、時に宗谷名人すら負かすという「いい辻井さん」が相手だったので仕方なし、でしょうか。

 そして始まった準々決勝。宗谷名人は、例によって二海堂の全力が出せるスタイルを誘い、ここに丁々発止の戦いが始まりました。東陽オープンは持ち時間の短さが特徴ということで、繰り広げられる矢継ぎ早の応酬に、観戦する棋士たちも大いに刺激されている様子です。
 怒濤のモノローグとともに、上気した表情で全力を振り絞る二海堂。「全部うそっぱちだっただろ!?/な? 花岡!!」は、今巻最熱なネームだと思います。

村山聖九段(享年29歳)。

 ただ、奮闘する彼を見ていると、どうにも不安になります。それは、彼のモデルが実在の棋士・村山聖(むらやま・さとし)九段とされているからでしょう。ネフローゼ症候群を患い、若くして亡くなった村山九段のように、二海堂もまた、いつか斃れる時が来るのでは、と考えてしまいます。
 戦いの幕切れに思わず息を呑みましたが、ひとまず二海堂は無事な様子。多少おとな気のない宗谷名人の「手紙」も、彼にとっては再戦の約束という嬉しいものだったようです。
 宗谷名人は、より将棋が強い人と戦いたいというシンプルなルールに従って動いている様子。以前、ちょっと宗谷名人と行動を共にしたことがある零ですが、名人の眼中に自分を映すには、このルールに乗るしかなさそうです。ちょっとネガティブになった零にとって、和気藹々とした川本家の空気はこの上ない救いになったことでしょう。

傍観者たち

 3番目に語られるのは、9巻で「棋界一の疎まれ者」との評判と共に登場した滑川臨也(なめりかわ・いざや)七段のエピソード。かつて横溝を降級させ、前巻での零との対局では、そのホラーチックな佇まいで三角らを恐怖のどん底に引き込んだ滑川七段ですが、彼の実家は本当に葬儀屋で、時々その手伝いをしているというのも事実だったようです。ただ、9巻で横溝たちが云っていた「顔が不吉過ぎて長男なのに(家業を)継がせてもらえなかった」というあたりは、真宮寺会長の言に照らせば実情とは違っています。
 棋士になった滑川七段の代わりに実家を継いだ弟・要(かなめ)と、ヘルプで駆けつけた滑川七段の仕事ぶりは、静かで淡々としていて、命の燦めきが眩かった二海堂の戦いとは対照的な、モノトーンと静寂の支配する世界です。
 葬儀屋のお仕事については、恐らく取材を元に描かれたものなのでしょう。いつか自分も何らかの形でお世話になる時が来ると思いますし、そういう意味で参考になる気もします。
 閃光のような戦い方に惹かれつつも、自分では叶わない。だからそういう戦いのできる棋士に憧れる。生の傍観者としての寂しさを、滑川七段は口にしますが、弟によればそれは、兄が真面目で不安定だからとか。
 昔よく食べていた280円ラーメンをおごる、という弟の提案を承ける滑川七段は、言葉とは裏腹に渋い表情。初登場の頃のイメージは“奇人”で、悪い印象しかありませんでしたが、こうして弟の軽口に付き合うところを見ると、これでなかなか人間味のある人物ではないか、と思います。

 そして最後に置かれたのは、零の義姉である香子の視点で語られる1話です。
 “妻のある後藤九段のもとに走った、烈しい性格の義姉”という連載当初の彼女の印象も、物語が進むうちにだいぶ薄れてきました。後藤の妻の病気は恐らく悪化しており、その結果として、彼は香子から去ることが示唆されています。そして、かつて傷つける形で甘えていた零も、橋を渡って川本家という居場所を見つけました。
 孤立した彼女に、救いは有り得るのか、現時点ではなかなか思い至りません。けれど、これで物語からも退場ということでもないでしょう。その後の彼女がどうなっていくのか、少しばかり気にかけておきたいと思います。

 という辺りで、今巻の本編はおしまい。「あとがきまんが」で、あかりさんによる“すき焼きのタレ愛”を知りつつ、羽海野先生の漫画の理想が「飽きがこなくて懐かしい」だというのに頷いてフィニッシュです。
 次巻14巻の刊行日はまだ未定のようですが、1年経ちましたし、そろそろ情報が出てくる頃では、と思います。既刊を再読などしつつ、その時を楽しみにしています。

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