【一会】『白暮のクロニクル 3』……死せぬ者の祈りにも似た、土地への思い
2018/07/20
前巻からやはり3か月で刊行となった『白暮のクロニクル』第3巻。今巻は、日付の入ったやや唐突な導入から。その夜、岐阜県矢尻沢(やじりさわ)集落で、ある終結を見た事件の発端へと、話は遡ります。
全国で“オキナガ”の失踪(というか転出届を出さない引越し?)が続出し、主人公の1人で厚生労働省の夜間衛生管理課(やえいかん)に所属する駆け出し役人、伏木あかり(ふせぎ・――)は同僚と追跡捜査を開始します。もう一方の主人公、“オキナガ”の雪村魁(ゆきむら・かい)とは今回の大部分は別行動ですが、何だかんだで要所ではいいコンビっぷりを見せてくれます。
いなくなった“オキナガ”を追ううち、冒頭の岐阜県矢尻沢が浮かび上がってくるわけですが、あかりと上司の久保園(くぼぞの)さんが出張してきて滞在するのは、まさかの温泉旅館。お湯もいいし“英気(=ビール)”を養ったりと、このいい意味での公私混同ぶりが心地いいです。久保園さんも心なしかリラックスしているようですし。こういう力の抜けたお役人の仕事っぷりを嫌みなく描ける作者は貴重ですね。さらに東海北陸厚生局岐阜支部の寺岡(てらおか)さんなる爽やか青年も登場して、あかりのことがかなり気になるご様子ですが、前途は多難気味かと。
そして今回のキーパーソン、一見少女の外見ながら得体のしれない時任希梨香(ときとう・きりか)と、著名な画家として知られる叶一生(かのう・いっせい)。突発した地元高校生の失踪事件も絡み合い、希梨香の正体を突き止めようとするあかり達の捜査は、“オキナガ”失踪事件の真相ともリンクして、それほど絶望的ではないものの、ちょっと苦みのある結末を見ることになります。
今巻のエピソードでは村落社会と限界集落という要素が背景になっていますが、そういう現実に日本が抱えている議論を物語に取り込むことで、ずっと生きている“オキナガ”という存在がそうした問題に対してどう考えるか、ということを提示しつつ、作者の意見も垣間見れるようで興味深いです。しかも必要以上に堅苦しくなく、ちょっと砕けた調子でなぞっているのがいいんですよね。こういうところは『パトレイバー』(100夜100漫第45夜)のレイバー産業なんかの扱いと通じるかもしれません。社会派と愉快さのバランス感覚がいいと申しますか。
同様に、今回“芸術と児童ポルノの線引きはどこか”ということについても言及されています。漫画の体裁を取った、これは漫画家の意見表明とも読めますが、どうでしょうか。
本流以外のことも少し。
ようやく“オキナガ”=「きゅうけつき」が明言されました。あかりは気付いていなかった模様。今回2度ほど、魁があかりの寝込みに押しかけるというシーンが展開されていますが、「きゅうけつき」という認識は、あかりの魁へのスタンスを少し変えつつあるということでしょうか。
さっきから「きゅうけつき」と書いているのは、“オキナガ”は“「吸血鬼」というよりも「給血鬼」”、という作中の説明を受けてのことです。オキナガが血を欲するのは“食欲というより性欲”という説と併せ、伝統的なヴァンパイアとは少し毛色の違う“オキナガ”の呑気な生態にも少し合点がいく…ような気もします。
相変わらず、1巻から懸案となっている羊殺しの犯人はまだ特定できないようですが、今巻のようなエピソードを重ねつつ、徐々に近づいていくのかな、と予想しています。お役所的お気楽感と国家機関としてのシビアさの両方を匂わせつつ、死なない者の死と嘆きと呑気さを抱えたこのバランスを、今後の物語にも期待したいところです。