【一会】『白暮のクロニクル 11(完)』……白い夕べの中で
2018/07/20
厚生労働省の夜間衛生管理課(通称「やえいかん」)の新人・伏木あかり(ふせぎ・――)と、夜衛管が管轄する不死人“オキナガ”である雪村魁(ゆきむら・かい)。数奇な因縁のある2人が、諸々の事件を解決しつつ、12年ごとに女性を惨殺するシリアルキラー「羊殺し」を追う幻想社会派ミステリ『白暮のクロニクル』。ついに最終巻となる11巻が刊行となりました。と云っても、刊行はおよそ半年前の6月末。遅いことこの上ないですが、むしろ作中の時間軸に沿ってるし、と開き直りつつ、概要と感想などを書いてみたいと思います。
ラストの今巻。ずばり、どんでん返しの巻と云っていいでしょう。
前巻ラストでの桔梗凪人(ききょう・なぎと)=山階茜丸(やましな・あかねまる)の確保により、ひとまず「羊殺し」事件は終息といったところ。監禁されていたあかりも無事でしたし、物語の導入としてはおおむねエピローグ的な始まりです。
しかし、前巻の後半で大立ち回りをやった魁は、ダメージが残って入院生活。まぁ、自分の腕を得物にしたあの戦いぶりは、オキナガとはいえども負担が大きかったことでしょう。しかも彼の主治医は、あかりと同じ出身大学で、お互いちょっと気になる仲の山田先生だったり。
実は魁は怪談系が苦手という新事実が露見しつつ、ふと魁がすれ違った入院患者のお爺さんからは気になる台詞が。「あかねまるが捕まってしまっては」というその言葉を深掘りしてみれば、その老人・浜田たちは、茜丸に恩義を感じているようです。
間違いなく殺人鬼の茜丸ですが、終戦直後には戦災孤児の面倒をみていた様子などを見ていると、それだけの人物でもないような気がします。“殺しをせずにはいられない”という茜丸の性状に対し、茜丸の家族は正しく対応することができませんでした。そのことによる孤独を憶えていたから、孤児たちに感情移入していったということでしょうか。茜丸の実の家族が生きていたのは室町時代のことですし、反社会的な性質の子どもに支援など望めなかったのかもしれませんが、もう少し救いがあったなら、「羊殺し」も起こらなかったかもしれないですね。
そうした茜丸の心情はともあれ、魁の脳裏には改めて疑問が浮かびます。そもそも、無軌道に快楽殺人を重ねる茜丸が、なぜ「羊殺し」などという制約のある事件を起こしていたのか。そのあたりを探らなければ、事件はまだ終わりではなさそうです。
浜田たちの口から出た、茜丸と行動を共にしていた少年「ボーヤ」の本名は伊集市哉(いじゅう・いちや)。竹之内が愛した女性・伊集幸絵の息子に相違ありません。あかりはあかりで今の仕事を続けるかについて色々とあるようですが(桔梗に拉致されましたしね)、ともあれ竹之内と浜田たちとの面談はセッティングされ、物語は次第に、この市哉を追うことに焦点を合わせていきます。
明らかになったことは、どうやら伊集市哉は茜丸に唆され、「羊殺し」の片棒を担ぐこととなったようだ、ということ。魁の役に立とうと「羊殺し」の犯人を探し、その逆襲で長らく昏睡状態だったナリアがりたてのオキナガ・柘植章太からは、桔梗とはかけ離れた身体的特徴の犯人像が提示されますし、いよいよ伊集市哉は重要参考人の色合いを濃くしていきます。
もしかしたら、棗を殺したのも桔梗ではなかったのかもしれない――疑念にとらわれた魁は混乱します。あかりとの話でも、章太は犯人を「ボーヤ」だと考えている様子。昭和30年12月23日についての彼の回想は、それを裏付けています。
しかし、その伊集市哉の、その後の足取りはつかめません。オキナガになっている可能性もありますが、光明苑など施設の記録にも名前はなし。「羊殺し」の実行犯は桔梗で間違いないし、もう再び犠牲者が出る可能性もないだろう…という殺人研究が専門のライター・奈良橋の推論を受け入れ、さしもの魁も諦めムードに。しかし、竹之内が持ってきた情報は、そうとも云いきれないことを示していました。
やっぱり伊集市哉は、探し出さなければならない。とは云うものの、手詰まり感は否めなく。それでも突破口は意外なところにありました。60年分の世の中の進歩に振り回されている章太が、ふと気付いて口に出した映画『最后の銃声』。その情報が、伊集市哉を特定することとなります。
半年前に出た巻とはいえ、ここで最終盤の展開を記すのは止しておきましょう。伊集市哉の正体は、最初から読み続けている読者に、少なからぬ衝撃を与えることと思います。
罪を犯す者と、そうでない者がいて、その違いは傍目には分からないほどに小さい、あるいは無い。それは、ただの人間であっても、オキナガであっても変わらない。この長い事件の幕切れは、結局は、それが確かめられただけのことだったのかもしれません。
そして、そんなことに関わらず人々は生きていき、時間は流れます。あかりと魁はその後も多くの事件に遭遇し、解決したようですが、それはまたの機会に、ということなのでしょう。
あかりこそは、魁が“血の契り”を交わした――その血を吸った恐らく唯一の人なのですが、2人の関係はそれ以上のものになったでしょうか。時の果てのような白い夕べの中、物語の幕を下ろす魁の独白は、快い寂寞を漂わせます。
オキナガという長命者の種族と、それに対する政治的な動向を描きつつ、「羊殺し」という大テーマ以上に、彼らが暮らす社会で起こる日常や、小さな幸福や罪といったものを丁寧に描いた漫画だったと思います。時を経て、また読み返したい漫画となりました。
ゆうき先生、なんだかまたすぐにお会いできそうですが、ひとまず労わせて頂きます。4年間お疲れ様でした。