【一会】『白暮のクロニクル 6』……異質達はすれ違い、物語は加速する
2018/07/20
いわゆる吸血鬼的存在“オキナガ”と、それを管理する厚生労働省夜間衛生管理課(通称やえいかん)という構図を遠景に、夜衛管の新人・伏木あかり(ふせぎ・――)と、88歳の少年“オキナガ”雪村魁(ゆきむら・かい)のコンビがオキナガ絡みの事件を追っていく『白暮のクロニクル』。もう先々月になってしまいましたが6巻が刊行されました(8月末刊行)ので、触れておきたいと思います。
本作のメインストーリーであり、主人公2人との因縁もある12年ごとの殺人鬼「羊殺し」の真相に段々と近づいているようにも思えますが、今巻ではどうでしょうか。殺人事件の発生から真相までが描かれ、これまでと同様1巻完結のエピソードに見えて、実はかなり大きく事態が動いたように思います。
9月。若い女性が自宅で殺されているのが発見され、その現場検証から今巻はスタートします。一方、前巻で発覚した光明苑での一件により、夜衛管には国民からの抗議の電話が殺到している模様。抗議を焚きつけているのは、夜衛管に厳しい立場を取っている週刊誌『週刊パトス』みたいです。
魁のアジト“殺人図書館”こと按察使文庫で、フリーライターにして殺人研究家の谷名橋(やなはし)、割と夜衛管を理解した記事を載せる『週刊ゲンロン』の記者・須本美和(すもと・みわ)と知り合うあかりと魁ですが、そこに冒頭の殺人事件の報がもたらされます。
被害者の茅野亜沙子は内臓を抜き取られており、つまり魁が調べ続ける「羊殺し」の手口と合致しています。しかし、12年ごとの「羊殺し」は年末に起こるはず。谷名橋の云うシリアルキラーの犯行形態(だんだん雑になってくる)に沿っているものだというのでしょうか。
「羊殺し」による連続殺人の一環か、個別の殺人なのか。既に過去の事件では「犯人」を逮捕している警察検察としては、過去の事件を蒸し返されたくはないでしょうが、美和はそこに着目して記事にすべく動き始めます。
一方、警察と夜衛管の捜査で浮上した容疑者は、被害者と交際関係にあったオキナガの紫堂邦明。しかも、魁の幼馴染であかりの祖母でもある棗(なつめ)殺しにも関係があるということが判明します。
これで前のめりになった魁は紫堂を追いますが、これは不首尾に。そうこうするうちに紫堂も死体となって発見され、警察は恋人を殺した紫堂の自死として処理する方向に傾きます。が、魁は何か掴んだ様子で、ちょっとした“実験”を始めることに――。
…今回は特にミステリ的要素が強いので、語れるのはこの辺りまででしょう。自分は初読時に犯人が明かされるところでいささか驚き、読了後に再読、三読して伏線の妙に感心した次第です。
大筋はそんな感じですが、それ以外に気になった要素を拾っていきます。
まずは、「羊殺し」の手にかかり死んだ、魁の幼なじみ棗=あかりの祖母であることが、ついに2人の間で共有されたことが挙がるでしょう。読者の視点ではもうずっと前から明らかだったことですが、それがついに2人の間で共有された恰好です。
棗といえば、その死に際して当時の週刊誌に相当ひどく書かれたようですが、今巻で殺された茅野亜沙子も同じようなものだった様子。ただ、美和のところの編集長が云う「被害者に落ち度を作るのは、読者が「自分には落ち度がないから」と安心するため」(意訳)というのにも、頷けてしまいます。現実のマスコミも絶対そういう態度、とまでは云いませんが、企業である以上は顧客が喜ぶものを作らなければならないわけで、ジレンマだなと思います。
そして、今巻の核だろうと思われるのは、普通の人間とオキナガの恋、という問題ではないかと思います。オキナガと一般人が単なる友好関係を結ぶにも色々と気を配らなければならないことは、これまでにも示されてきているところですが、これが恋愛関係となれば更に難しい事情が出てくるでしょう。映画『レディホーク』が引き合いに出されてもいる、その“固定された生”と“移ろう生”の差異の果てに、今巻の事件があったようにも思います。被害者と紫堂の関係への推察から、美和があかりと魁の関係を追及してきたりもしますが、実際のところ赤の他人でもないこの2人、どのような関係になっていくかというのも、本作のポイントではないでしょうか。
それと、今後に繋がりそうな要素としては、オキナガの神父である入来を挙げたいところです。魁と竹ノ内の「古いのか?」「古い」というやり取りから、相当の実力者だということは窺い知れますし、「大きな羊は「美しい」」と思わせぶりなことを語る彼の顔は酷く不気味です。まさかそんなに解り易いはずもないでしょうが、彼には何かある可能性が高いと感じます。
最後に、端的に面白く思った点を2つほど。
あかりと魁、それぞれの夢を描いたシーンがあります。夢のシーンは今までにもありましたが、今巻のそれはコマごとに情景や人物の細部が変わったりと、夢の支離滅裂さが表現されていて達者だと思いました。
また、今巻は夜中に食べたり飲んだりするシーンが多いのですが、これが弛緩した雰囲気でいい感じです。「あー、付き合っていいですか」って谷名橋さんが云ってますが、自分も居合わせたら云ってしまいそう。絶対健康に悪いんでしょうけど、楽しそうです。
加速する物語と味わい深い要素を併せ持ちつつ、続きは以下次巻。ここにきて作中世界と現実との時間がリンクしており、そうすると今年末には「羊殺し」をめぐる一連の物語にけりがつくと考えることもできますね。
次巻の刊行予定は今回示されていませんが、クライマックスを予感しつつ、楽しみに待ちたいと思います。