【一会】『白暮のクロニクル 5』……研修のち悪意不在の罪、ときどきラブコメ
2018/07/20
吸血嗜好と長命性を持った“オキナガ”がいる世界を舞台に、厚生労働省夜間衛生管理課(通称やえいかん)の新人、伏木あかり(ふせぎ・――)と、古参の“オキナガ”雪村魁(ゆきむら・かい)を中心に描かれる、ファンタジック社会派公務員ミステリ(?)な『白暮のクロニクル』。予告通り4月末の5巻刊行となりました。今巻は予告通り、あかりの出張研修先での出来事が主な内容となります。
8月のお盆前からお話は始まります。あかりの母校である城南医大の先輩、山田一太(やまだ・いった)医師が登場しつつも、前巻ラストで知らず知らず魁の逆鱗に触れてしまって以来、まだ2人の関係は微妙に修復されていない模様。
あかりの直属の上司である久保薗(くぼぞの)さんの云うように「戦前の少年」である魁の心情は、平成の若者であるあかりにはなかなか理解し難いところがあるのかも…というか、それ以前に魁はほぼ不死身の“オキナガ”ですから、無理からぬことかもしれません。
魁と顔を合わせることなく、あかりは夜衛管配属なら必ず受けることになっている出張研修に参加することに。行き先は長野光明苑。かつて魁も収容されていた光明苑の後身のようなもので、今も“オキナガ”たちが収容…もとい入所している施設です。とはいえプールもあるし温泉もあるし、ほとんど保養施設の様相ではありますが(あかりはちゃっかり水着も持ってきたようです)。
副所長の蕪木正(かぶらぎ・ただし)は気のいいオジサン風だし、山田医師や魁もやってくるし、3巻で登場した少女(外見は)“オキナガ”希梨香も姿を見せて、画面はかなり賑やかに。さらに、60年にわたって眠り続け、魁がその目覚めを待ち続ける少年“オキナガ”、柘植章太(つげ・しょうた)も登場。この漫画のメインストーリーである「羊殺し」を巡る今後の展開の鍵になる人物に違いありません。
と、ここまで役者が揃えば、何も起こらないはずがないですよね。
にわかに発生する1人の入所者の行方不明。大雨による施設の孤立と、幾度かの停電。そして雨が更なるトラブルを呼んだ時、とある裏事情が明るみに出ます。
今巻のサブタイトルは「絶望の楽園」ですが、こういう自己矛盾した表現はミステリやSFの題名としてよく見る気がします(と云いつつ、ぱっと思い出したのは森岡 浩之『優しい煉獄』(SF)と雨宮処凛『生き地獄天国』(エッセイ)だけど…)。自分は何となく『からくりサーカス』(100夜100漫第27夜)のゾナハ病患者収容施設も思い出しました。
ともあれ、この漫画の“絶望の楽園”も、なかなかに辛いもの。そこで密かに行われていたことを深く考えると、さらにやるせない気持ちになります。悪意なんてどこにもない、けれど結果として問題になったり罪になるということは、現実でも割とあることですね。“オキナガ”というファンタジックな存在を描いていながら、この漫画のこうしたリアルさは、相変わらず冴えています。
そんな苦いエピソードの今巻ですが、一方であかり、魁、山田医師の三角関係めいたやり取りや、停電とお風呂にまつわる“暗闇でドッキリ”なシーンや、いつものお気楽なノリが漂う場面もあるので、いいバランスなんじゃないでしょうか。施設を訪問してくる人物たちと“オキナガ”の面談での悲喜こもごもも、人と“オキナガ”との関わりを掘り下げていて興味深いです。
そんなこんなで研修は終わり、次巻ではついに物語の本線である「羊殺し」が動くようです。何気にモテモテなあかりと、それがちょっと気になりつつある魁の関係も気になるところですし、眠れる章大が握る情報も物語の展開を促すことでしょう。既刊で明かされた「羊殺し」についての情報を整理しつつ、次巻刊行予定の8月30日を楽しみに待ちたいと思います。