第18夜 泥濘に蒔かれた種が見出す“よすが”のかたち…『漂流教室』
2018/06/28
「お母さん……ぼくの一生のうちで、二度と忘れることのできないあの一瞬を思う時、どうしても、それまでのちょっとしたできごとの数々が強い意味をもって浮かびあがってくるのです。」
『漂流教室』楳図かずお 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(1972年5月~1974年6月)
大和小学校の6年生、高松翔(たかまつ・しょう)は、その朝、些細なことで母親とケンカをした。仲直りをしないまま登校し、授業中にそれは起こった。激しい振動と地響きが起こり、大和小の外は岩と砂漠の荒野と化した。現実を受け入れられない教師たちは発狂し、死に絶えていく。
ほとんどの大人が消えた後、取り残された子ども達は、今いる場所が遠い未来の地球であることを知り、決意する。各々が協力して国家を樹立し、元の世界に帰る方法が見つかるまで生きていこう、と。
“大和小学校国”総理大臣に選出された翔をリーダーに国づくりが始まるが、文明崩壊後の環境は苛酷だった。飢餓、殺傷能力のある妄想、未知の生物や未来人の攻撃、伝染病、そして内紛。多くの子ども達の死を乗り越え、成長していく翔たち。彼らを最後に待つものは何か――。
国家の意味
両親が共稼ぎのため、小学校低学年の頃は学童保育所に通っていた。そこの本棚に本作が全巻揃いで無造作に置かれていた。小学3年生までしか在籍しない保育所で、なぜ本作を入れていたのか、当時の保育所の先生に聞いてみなければ分からないが、ひとまず当時はひたすら恐ろしい漫画、ということしか考えられなかった。しかしいま読み返すと、ホラーやサスペンスというよりも、これは世界史のリプレイだ、という気持ちになる。
むごたらしく死んでいく小学生達に胸が悪くなるシーンもあるが、本当に恐ろしいのは、国家成立以前、あるいは無政府状態では、こうしたことが現実に起こっていても何ら不思議ではないということである。人類は、その状態から少しずつ時間をかけて国家を造った。それを本作の小学生達は自分たちだけで行うのだ。『ドラゴンヘッド』『彼女を守る51の方法』など、近年でも文明崩壊ものとも云うべきジャンルの漫画は度々ある。ただ、本作のように崩壊した人類社会を再起させようと主人公達が協力する作品は、あるだろうか。少人数のチームを組んで、自分たち以外の人々に気を回さないというやり方の方が、生き延びる方法としては本当のところリアルなのかもしれない。しかし、内部紛争にも臆せず手を取り合おうとする主人公たちの言動はそれでも尊い。この点で、本作はまごうことなく少年漫画でもある。
希望という病
作者の画風もあり、絶望的な色合いの濃い本作ではあるが、そもそも希望とは何だろうと考えるフックにもなる。いかに状況が酷くとも、そこでやっていかなければならないとき、そこには希望が生ずる、というよりも、生ぜざるを得ないのではないか。
穿った云い方をするならば洗脳か信仰か共同幻想かという話になってしまいそうだが、それはやはり事実かと思う。本作でそれぞれの人物達の抱くそれは、必ずしも綺麗な形のものばかりではないが、そうした汚濁ですらも人の心を救うということに安堵と戦慄の入り交じった気持ちになる。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.4cm)、全11巻。絶版。
☆文庫版…文庫判(15.2 x 11cm)、全6巻。電子書籍化済み。
☆完全版…四六判(18.8 x 12.8cm)、全3巻。台詞・作画連載時再現。連載時扉画収録。連載時未使用カット収録。