第23夜 “都落ち”により、少女は自由を知る…『丘の上のミッキー』
2018/07/03
「今日 新しい学校に行ってまいりました/森戸南女学館といいます/ここは蛮族の巣窟です!!」
『丘の上のミッキー』久美沙織 原作、めるへんめーかー 作画、白泉社『花とゆめEPO』掲載(1989年11月~1990年9月)
浅葉未来(あさば・みく)は、東京都心のカトリック系超お嬢様学校、私立華雅(かが)学園中等部3年生。周囲には洗礼名のミシェールで通っている。超一流の生徒だけが所属できる社交クラブ「ソロリティー」に籍を置き、幼馴染の琴子(ことこ)や憧れのソロリティー代表、麗美らと幸せな生活を送っていた未来だが、父親が神奈川県の葉山近くに一戸建てを購入したために転校を余儀なくされる。転校先は、新居から程近い中高一貫の女子高、私立森戸南女学館に決まる。
同じ女子校とはいえ、華雅とは天と地ほども違う森戸南の校風に落胆する未来。しかし、男前なクラスメイト、西在家麗(にしざいけ・うらら)と仲良くなったのをきっかけに、少しずつ慣れていく。麗の兄、朱海(あけみ)達のヨット置き場として、父親が家の船着き場を提供したために男子高校生とも知り合うが、異性に慣れない未来は戸惑うばかり。やがて、朱海が自分達のヨットを「ミッキー」と名付けたことから、いつしか未来も周囲から“ミッキー”と呼ばれるようになる。海のみえる丘の上、友情、恋情、そして親子の愛情を知る未来の生活は始まったばかりだった。
海のみえるペンションで
原作者の久美沙織を知ったのは小学校高学年の頃だった。『ドラゴンクエスト』や『MOTHER』など、ファミコンRPGのノベライズを積極的に発表していた。女性目線の繊細さを持ちながらも重厚でドラマチックな描き方に魅了され、一時期熱心に読み耽った。そんな久美沙織の本領というか原点が、この漫画の原作のような少女小説だった。直球ど真ん中の少女小説を読むことは当時なかったが、その後、千葉に海水浴へ行った折、泊まったペンションの談話室で、この漫画化作品に触れる機会を得た。
物語の大筋は、「高貴な人物が都を離れ、未開の地で過ごして成長する」という、『源氏物語』に代表される貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)の亜型と云えるだろうか(都心の女子高=高貴と捉えるのは短慮だが、思春期の少女の考える象徴という意味で、だ)。人間というよりはエルフの若君のような、めるへんめーかーが描く少女達の姿は、淡いデッサンのような背景描写と相まって、それでも(あるいはそれ故に)この瀟洒な物語の空気にあっている。海沿いのペンションに置かれるのも分かろうというものだ。
そして、眩しい季節は来たる
主人公の未来は、近年の作品で云えば『マリア様がみてる』のような女子校通いが長いため、徹底的に男性に免疫がない。男性に対する感情はフラットですらなく、「おとこなんて」という台詞にみられるように、嫌悪感すら持っているようだ。それは、彼女が“都落ち”する発端を作った父親に対する嫌悪なのかもしれないが、やはり未知の対象に対して持つ嫌悪と考えるのが自然だろう。
そんな未来が田舎の粗野な(上記に同じく象徴的意味で)女子校に適応し、成長していくのが微笑ましい。少なくとも漫画中では恋愛要素が希薄なだけに、彼女の男性嫌悪が和らぎ、協調的態度へと転化していく様がクローズアップされる形になり、少女漫画としては恐らく珍しい、純然たる成長物語として成立しているのだ。彼女の淡い恋の続きが気になる方には原作本を追って頂くとして、1人の少女の視野狭窄が克服され、より魅力的になっていく変化を楽しまれたい。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.2cm)、全2巻。絶版。入手困難。