漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

*

「 大人 」 一覧

第86夜 旅人が迷い込む、叙情と禍福と幻想の万華鏡世界…『紅い花

「あのみごとな紅い花はなんというのだろう」「知らん」


紅い花 (小学館文庫)

『紅い花』つげ義春 作、青林堂『ガロ』掲載(1967年10月[表題作])

 林と川のある里にやってきた釣り人の主人公は、親の代わりに茶屋を切り盛りするキクチサヨコに出会う。彼女の元同級にあたるシンデンのマサジは釣り人の案内を請け負う。案内の帰り、マサジは川に流れる紅い花を見る。
 表題作以下、いずれも茫洋さと美しさと不安を湛えた短編集。

幾分かの夢心地
 黒澤明監督作品の『夢』という映画をご存知だろうか。あるいは夏目漱石の幻想的な原作を更にアレンジして映画化した『夢十夜』、もしくは内田百閒の小説『冥途』などに触れたことはあるだろうか。この作品集に収められた短編には、幾分か、そうした夢心地が漂っている。
 松本零士の作品(第24夜第82夜)と同じく、つげ義春の作品も父の部屋で知った。最初は古びた文庫版の『ねじ式』を読んだ。小学校中学年くらいだったので訳がわからなかった。しかし“世の中には不思議な漫画があるのだな”というだけは記憶は残った。
 しばらくして、父の本棚の別の箇所で本作を見つけた。同様に訳が分からなかったが、キクチサヨコの無表情に心惹かれ、物語の意味を、知識がないながらも嗅ぎ取ろうともがいた。かなり早目だったが、思春期の萌しと云ってもよかったのかもしれない。凶暴なまでの夏の山奥の自然と、ひと組の小学生の男女、語り手である主人公、そして、それらを一瞬にして連環させる鮮烈な紅い花のモチーフは、“旅人もの”作品が多く収録されたこの短編集の中でもやはり白眉と云えるだろう。

混淆する“いいもの”と“わるいもの”
 収められた作品たちは娯楽というよりも小説的である。しかし、むろん小説そのものではない。小説であれば文字や行間として表されるだろうことがらを画ですくい取っている。劇画調だったり、一時期アシスタントをしていた水木しげる風の画だったり、画面が極端に暗かったり、スケッチしたような写実的な背景だったりと、作品ごとに画面のばらつきは大きい。しかし、いずれも動きを表しながらも、どこか凝固した印象をもたらす点は共通している。読者はこの画から、奇妙に森閑とした雰囲気を感じ取るだろう。
 そこには読者が日常的に感じているだろう現実味はなく、かといって、あからさまな“おはなし”感もない。自分は小学校に上がるくらいまで、よく悪夢をみてうなされていたが、“その感じ”なのだ。
 作中で現出されているのは、普段と同じ現実から地続きでありながら、ありえない世界である。そこにはキクチサヨコのような可憐なイメージは無論ある。その一方で、いつ幸福が災禍に、平穏が陰惨に転じるか分からない、あの夢の中の怯えもまた、ある。いいものとわるいものとが、ごっちゃになった状態こそが夢の本質で、それが見事に紙上に組み上げられている。
 そんなひどく不安定物語は、言下には魅力的と云えないのかもしれない。が、幾度となく手に取らされてしまう。その不可思議な混交に、惹かれ始めてしまうのだ。その混交こそが、つげ作品の真骨頂なのだろう。

広告

広告
thumbnail

第63夜 街をさまよう、まだ見ぬ郷愁の味を求めて…『孤独のグルメ

「モノを食べる時はね/誰にも邪魔されず/自由で なんというか救われてなきゃあ/ダメなんだ」 『孤独のグルメ』久住昌之 原作 谷口ジロー 作画、扶桑社『月刊PANJA』掲載(1994年8月~1996年4月) ※2008年1月より扶桑社『SPA!』にて不定期掲載  井……

thumbnail

第51夜 ふたりでいるって、割と素晴らしいこと…『くらしのいずみ

「俺らももう長いし/そろそろする? 結婚」 『くらしのいずみ』谷川史子 作、少年画報者『YOUNGKING アワーズ増刊アワーズプラス』『YOUNGKINGアワーズ』掲載(2006年4月~2008年1月)  世の中には色々な夫婦がいる。友達のような夫婦、文科系優男……

thumbnail

第45夜 新鋭機と“お役所的仕事”の流儀…『機動警察パトレイバー

「よくみとくといいや。/志望がかなえばこいつに命預けることになる。」「じゃ……じゃあこれが……/新型の警察用レイバー!?/こ…これは…/趣味の世界だねえ……」「とかいいながらわりと気に入ってるだろ。」 『機動警察パトレイバー』ゆうきまさみ 作、小学館『週刊少年サンデ……

thumbnail

第44夜 恋と夢と。彼らが選んだのは…『部屋(うち)へおいでよ

「ねェ……/これから……/いっしょに…/観よっか…/部屋(うち)においでよ…」 『部屋においでよ』原秀則 作、小学館『週刊ヤングサンデー』掲載(1990年月~1994年月)  東京、阿佐ヶ谷のとあるパブ。ピアノを弾く水沢文(みずさわ・あや)と、客なのに店の手伝いを……

thumbnail

第40夜 神職だって、お金は欲しいし恋もしたい…『神社のススメ

「神社は宗教だがビジネスなんです/そしてアミューズメントだ」 『神社のススメ』田中ユキ 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2004年4月~2006年6月)  大神社の宮司の次男、里見信二郎(さとみ・しんじろう)。実家の神社は兄に任せ、自分は好きな舞を仕事にしよう……

thumbnail

第38夜 杯を満たす葡萄の香に、人生の喜怒哀楽は映る…『ソムリエ

「本当に正しい組合せというのは/料理とワインの間ではなく/ワインとお客様の間にあるんじゃないかな」 『ソムリエ』城アラキ 原作、甲斐谷忍 漫画、堀賢一 監修、集英社『MANGAオールマン』掲載(1996年1月~1999年6月)  パリで暮らす日本人、佐竹城(さたけ……

thumbnail

第22夜 明治という時代の狂騒と癒えない病…『『坊ちゃん』の時代

「あいつか/妙に赤い服を着てたなあ/あの野郎………欧州時代から反(そり)があわなかった/いけすかないが結局は………/……ああいうやつが勝ち残るんだろうなぁ/これからの日本じゃ」 『『坊ちゃん』の時代』関川夏央・谷口ジロー 作、双葉社『週間漫画アクション』掲載(198……

thumbnail

第5夜 1955年、広島。その記憶が枷だった…『夕凪の街 桜の国

「もうきょうかぎりあえぬとも/おもいではすてずに/きみとちかったなみきみち/ふたりきりで/さーかえろう」 『夕凪の街 桜の国』こうの史代 作、双葉社『WEEKLY漫画アクション』2003年9月、『漫画アクション』2004年7月  夕凪の街。  終戦から10年後の……

thumbnail

第1夜 地味目なあの野菜による不可思議オムニバス…『茄子

「「親の言葉となすびの花は千に一つの無駄もない」って知ってるか/ありゃ嘘だ/ボロボロムダ花が落ちる」 『茄子』黒田硫黄 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2000年11月~2002年10月)  茄子。それだけを軸として、時空を超えて紡がれる茄子ストーリーのオムニ……

広告

広告