「ねェ……/これから……/いっしょに…/観よっか…/部屋(うち)においでよ…」 『部屋においでよ』原秀則 作、小学館『週刊ヤングサンデー』掲載(1990年月~1994年月) 東京、阿佐ヶ谷のとあるパブ。ピアノを弾く水沢文(みずさわ・あや)と、客なのに店の手伝いを……
「 成長 」 一覧
第53夜 やせ我慢上手な“恐るべき子供たち”…『こどものおもちゃ』
「…さあ…2人きりよ…私らも子供じゃないんだし…ケツ割って話そうじゃない? ん?」「…「腹」だろ/ケツはもうわれてんだよ」
『こどものおもちゃ』小花美穂 作、集英社『りぼん』掲載(1994年7月~1998年10月)
小学6年生の倉田紗南(くらた・さな)は青木賞作家の倉田実紗子(――・みさこ)を母に暮らすジュニアタレント。学校に仕事に邁進する元気者だ。
が、最近の学校生活では悩み事を抱えていた。クラスメイトの羽山秋人(はやま・あきと)がクラスの男子達を扇動し、クラスは半ば学級崩壊を起こしているのだ。
堪忍袋の緒が切れた紗南は、羽山を懲らしめようと彼の弱みを握ろうと行動を開始する。が、張りこんだ羽山の家で見たのは荒廃した家庭環境だった。心を痛めた紗南は羽山の家族に働きかけることで円満家庭を取り戻そうとする。そうするうち、紗南は羽山に、紗南は羽山に、次第に惹かれていく。
小学校から中学へと移ろう時の中、2人の周囲には出生の秘密、芸能界とマスコミ、級友の家庭問題など、どうにもならないこともあるし、紗南の仕事のために心がすれ違うこともある。それでも2人は、互いに寄り添い歩んでいく。
家庭のかたち
むかし(といっても1990年代のことだ)安達祐実(あだち・ゆみ)という子役の主演で『家なき子』という連続ドラマがテレビ放映されていた。そのドラマと同じ頃に連載されていたためか、個人的にはイメージが被る。作者によると紗南のモデルは全く別の人物のようだが、ジュニアタレントという要素と、『家なき子』の壮絶な内容が、主要な登場人物の誰もが家族について重いものを抱いている本作と、自分にとっては地続きなものに感じられたのかもしれない。
そう、本作は“前向き元気印の少女と世に倦んだ不良少年による恋愛”を、不思議と陰を含みつつも端正な絵柄で描いた紛れもない少女漫画だが、それと同等かあるいはそれ以上に家族と家庭のかたちを描いた漫画と云える。親との死別や離婚、孤児、片親が服役中など、作中の家族はほとんどが事情を抱えている。そんな家庭がどう変わっていけるのか、という点が本作の大きなテーマになっていると云えよう。
その背中に
無論、主人公たる紗南の事情も大変なのだが、自分としては彼女以上に羽山の生い立ちと、作中での顛末に読むたびに目がいってしまう。今となっては作者の最近作『Honey Bitter』の特別編『Deep Clear』にて未来の2人(と主要人物のもう1人)の様子を確認できてしまうが、それでも本作で描かれる少年期の彼は硝子の針のようで、1人で思い悩み傷つく姿にいらぬ心配をしてしまう。
つまり、紗南も羽山も、本作の子どもたちは虚勢を張るのがとても巧いのだ。「空元気の効用」とは『機動警察パトレイバー』(第45夜)の後藤隊長の言葉だが、それを体現するかのような虚勢ぶりで、それ故に孤独を深めていってしまう。
告白すると、本作の第一印象は「小学生がこんなこと考えたり言ったりするかよ」というような若干すれたものだったのだ。しかし今思えば、そこで既に作者の術中にはまっていたような気がする。さも大人びたように描くことで、それがやがて本人たちが痛感する、「子どもであること」のどうしようもなさを助長するのだ。子どもであるが故に動かしようのないことを前にした、彼ら彼女らの背中はとても小さい。
そんな本作が人気を博したことは、読者と作者が同じ良識を分かち合ったことと捉えられ、幸福を感じる。読み継がれて欲しい作品である。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.4cm)、全10巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。
☆完全版…A5判(21 x 15cm)、全7巻。連載時カラー扉再現。
☆文庫版…文庫判(15.5 x 11cm)、全7巻。番外編、4コマ漫画、巻末特集「こどものおもちゃ箱」など付属。
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