第11夜 いにしえの倭国で、二人の視る夢は続く…『邪馬台幻想記』
2018/06/28
「…そうだ/オレは伊予を高天の都へ連れていく……/倭国を統一するために…/そしてオレは見てみたい…/伊予が造る理想の国を…」
『邪馬台幻想記(やまとげんそうき)』矢吹健太朗 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1999年2月~6月)
幻想の時代――紀元3世紀。倭国は戦乱の時代を迎えていた。失われた古の秘法“方術”を繰る方術士を多数擁する陰陽連は、まだ15歳の女王、壱与(いよ)が治める邪馬台国を“崩す”ため女王暗殺の刺客を送る。各国間の摩擦をなくすため、国々を崩壊させる。それが陰陽連の目指す“国崩し”だった。
派遣された刺客の名は紫苑(しおん)。5年前、戦によって8歳で故国を失い陰陽連に拾われた彼は、方術士として成長し、“国崩し”の最前線で戦っているのだった。歳の近さもあり、壱与じきじきに側近を命じられる紫苑。暗殺には願ってもない好条件だったが、民の平安を願う壱与のひたむきさに触れ、壱与と邪馬台国を守る決意を固める。
壱与が目指すのは、豊饒の土地“高天の都(たかまのみやこ)”。所在不明のこの聖地は倭国の中心とされ、ここに至ることが倭国の王たる証となる。諸国もこぞって捜し求めるこの地に至り、倭国平定を目指すというのだ。
一方、紫苑が離反した陰陽連は、彼ともども邪馬台国を滅ぼそうと動き出す。陰陽連を退け、聖地を求める戦いが始まろうとしていた――。
気高さの可視化
後に『BLACK CAT 』『To LOVEる 』を連載し人気を博す矢吹健太朗の初連載作品である。比較的短期間で連載終了した作品ではあるが、特にヒロインである壱与のキャラクターには不思議な魅力があり、連載当事、作品の反響にしては(失礼)WEB上で彼女の絵が散見された。当事まだ10代だった作者による作画は、完成されたものではないにせよ、不思議な艶かしさと透明感を併せ持っている。特に壱与と紫苑のビジュアルは王族としての気高さを感じられるのだ。『To LOVEる』以降は女の子の造形と描写で定評を得た作者であるが、その萌芽は既に初連載に見られていたと云ってよいだろう。
幻想の彼方へ
身も蓋もない言い方をすると、本作は打ち切り漫画であったろう。週間連載漫画の宿命とはいえ、方術という面白くなりそうな設定と、壮大なストーリーの予感を残しながら中絶してしまったことは残念極まりない、というのが一般論なのだが、今になって本作を読み返してみると、また違った感想を抱く。本作のタイトルにもある「幻想」という言葉がそれを説明するキーワードになるかと思う。
なんと云おうか、“その先にあったであろうストーリー”が確定していない故に、幾つもの分岐を孕んでいるように思えるのだ。例えば夏目漱石の『明暗』が作者の死により中絶してしまったことで、後の世の人がその続きを自由に多彩に「幻想」し得ているように。あるいは、自分が高校生の頃に国語の教科書で読んだ清岡卓行によるミロのヴィーナス像の「失われた両腕」の論理のように。
もちろん、すべての打ち切り作品がこのような幸せな受け取られ方をするわけではない。この受け手による自由な「幻想」を支えるのは、何よりこの原典の「幻想」が堅固だからである。未完成ながら優美な小品として評価したい。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.2cm)、全2巻。絶版。
☆文庫版…文庫判(14.8 x 10.8cm)、全1巻。作者あとがきあり。電子書籍化済み。