第12夜 欠ける月の下、優しい死とピアノの調べは歌う…『下弦の月』
2018/06/28
「あの月が欠けてゆく2週間があたし達に定められた運命なら/あの夜見た月が満ちる事は永遠にないだろう」
『下弦の月』矢沢あい 作、集英社『りぼん』掲載(1998年3月~1999年5月)
女子高生の望月美月(もちづき・みづき)は、街中でギターを弾く不思議な白人、アダムと出会う。不仲な家族との生活から逃げ出し、空き家でアダムと暮らし始める美月。かつての恋人を亡くしたアダムは、心を病み薬物にすがっていた。美月を海外へ連れて行くと約束するアダムだが、下弦の月の夜、待ち合わせる彼を目前にして美月は事故に遭う。
小学生の白石蛍(しらいし・ほたる)は事故に遭い、昏睡状態になる。柵の広がる不思議な場所と、行方不明になった猫、そして柵の向こうに佇む女性。そんな奇妙な夢から目覚めた蛍は無事に退院するが、街中でどこからともなく聞こえてくるピアノの音に引き寄せられ、打ち捨てられた瀟洒な洋館に侵入する。そこには夢で出会った女性がいた。彼女はアダムという恋人のこと以外、すべての記憶を失っていた。蛍は友人達と協力し、アダムを恋しがるその女性…イヴのためにアダムを探し、同時に彼女の来歴を解き明かそうとする。
夜の者の憂愁
深い陰のイメージを負った作品だ。欠けていく月は、容易に死を思わせる。それだけに、物語は暗く綺麗である。
自分はこの作品を、恐らくは当時妹が読んでいた『りぼん』でリアルタイムに読んだのだと思う。この作者の画風は個性が強く、またコメディタッチのシーンでの独特の雰囲気があるため、前作の『ご近所物語』などでは熱心な読者ではなかったのだが、本作ではそうした雰囲気が抑制され、気にならずに読むことができた。作者は後に『NANA』を描くが、抑えられたトーンでアーティストとその周囲の人々の憂愁を描くというのは本作から引き継がれたテーマではないかと思われる。
“純粋さ”への回帰
落ち着いていながらいい意味でスカした雰囲気が魅力の本作だが、中盤以降は蛍たち小学生によるアダム探しとイヴの来歴調査に視点が移ることになる。これは少し奇妙である。小学生たちは、年齢以上には大人びてはいるものの、当然、やはりアダムたちのような憂愁を感じさせるものではない。『りぼん』の読者と近い年代のキャラクターを中心に置くことで感情移入の度合いを高めようとしたと考えることもできるが、それが理由の全てではないように思える。
思うに、“純粋なもの”への回帰が描かれているのだ。生に倦み、愛する者を失った者が新しく日常を生きなおすには、屈託無くイヴとの出会いを喜び、どこまでも謎を追うことができる、子ども達の存在が不可欠だったのではないだろうか。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.4cm)、全3巻。電子書籍化済み。
☆文庫版…文庫判(15 x 10.6cm)、全2巻。カラーページ4P収録。
☆愛蔵版…四六判(19 × 12.8cm)、全2巻。描き下ろしカラーあり。新装丁。