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【一会】『少女終末旅行 6(完)』……Fly Girls to The Moon

      2018/08/10

少女終末旅行 6 (BUNCH COMICS)

 履帯式牽引車両ケッテンクラートに乗った2人の少女、チトとユーリ。終わりゆく世界の多層構造都市を上へ上へと向かう彼女たちの旅を描いてきた、つくみず氏の『少女終末旅行』の、完結巻となった6巻を読みました。
 正直なところ、結末を知るのが怖くて、なかなかページをめくれなかった面があります。しかし、物語は終わらねばならぬもの。読んで、感じたことを書き留めたいと思います。
 ちなみに、今巻にはオリジナルラバーストラップ2種が付いた限定版が存在します。当初「んー、いっかな」と思って通常版を入手したのですが、別バージョンの表紙には通常版とは違ったニュアンスがある気がして、今さら入手を画策中だったりします。

 それはさておき。
 ついに多層構造都市の最上層まであと一歩という地点にまで到達した2人。4巻で遭遇した謎の生命体たちも知り得なかった最上層には、何が待つのでしょうか。
 かなり高度も上がってきているためか、最上層までの道のりは雪の世界です。いつもの調子の2人ではあるものの、吹雪いてくるとやはり寒さが辛い。かまくらを作り、身を寄せ合って暖をとることになります。ユーの身体は、確かに温かそうですね。

 吹雪をやり過ごし、最上層に急ぎたい2人ですが、途中で見つけた奇妙な施設に、しばしの寄り道をします。天体の配置図や、巨大な円筒状の構造物が据えられたそこは、ロケットの打ち上げに関する施設だったのでしょう。多層構造都市の最上部なら、高度も稼げるでしょうし理に適った立地だと思います。
 施設の倒壊で軽く死にかける2人ですが、調べたところによると、ロケットの「01」と「02」は途中で(といっても月の公転軌道は超えてますが)通信が途絶し、「03」はずっと先まで飛んでいった様子。この施設がどれほど昔のものかは分かりませんが、もし有人ロケットだったとすれば、宇宙のどこかの新天地で生き続けている人達が存在する、のかもしれません。

 ロケット施設を出た2人は、先に進みます。行く手に落ちていた本、『意思と表象としての世界Ⅱ』は、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの主著の一部ですね。
 “世界の中に自分がいる”のではなくて“自分が世界を描き出している”として、最終的には宇宙の静寂を是とした(100夜100漫による適当な超訳です)この本の云い分は、『少女終末旅行』というこの漫画の世界にも合致するような気がします。
 なんでそんな本が落ちていたか、というと、それはすぐそこが図書館だったから。今まで見たこともなかった量の本を目にして、珍しくチトのテンションが急上昇します(ちなみに、ここで2人が見つけた『建築幾何学史』『たぬきの生態』は実在を確認できず。情報求むです)。
 2人でも読める文字で書かれた本に、ユーリでも読める本(図鑑)も見つけ、ロケットで見つけた「コヒ」ことコーヒーを飲む2人。チトは「苦くて苦手」だったようですが、ユーリは「美味しい」ようで、味覚は少しだけユーリの方が大人ってことでしょうか。
 くつろいだ様子でチトが口にするのは、人類の好奇心について。全ての原動力が人の好奇心だとして、恐らくその終端に2人はいます。「おじいさん」の助言があったとはいえ、2人が最上層へと向かうのもまた、好奇心のなせる業なのかもしれません。

 ここまで順調に思えた最上層への行程ですが、ここで致命的なアクシデントが起こります。数々の悪路を走破してきたケッテンクラートは、確かに寿命だったのでしょう。一昼夜、チトが修理を試み、結局は五右衛門式の「お風呂」として、最後のお役目を果たしてもらうことになります。
 この過程の、チトの表情が胸に迫りました。この雪の中、目的地までまだ距離があるだろう地点で移動手段を喪失することは致命的です。ただ、それだけでなく、長らく付き合ってきた愛機をここで放棄する他ないという無力感、悲しみもまた、チトの感情を支配していたことでしょう。彼女が本当に絶望したのは、この時だったのではないか、と思います。
 いつか飲んで、1本だけ残してあったお酒「びう」を飲んで、歌を手向けとして、それでも2人の旅はまだ続きます。

 徒歩での旅となった2人。これまでの軽口の応酬も鳴りを潜め、歩く・食べる・眠るを黙々と繰り返して進んでいきます。荷物となった銃を捨て、大切にしていた本を燃やし、歩み続ける他ない2人は、生死の境目すら曖昧になっていくよう。けれども、ついに雪一色の外壁に入口を見つけ、内側の螺旋階段へと至ります。
 最後の日記を燃やしてコーヒーを飲み、食事を摂って、2人は螺旋階段を昇ります。ついにランタンの燃料も切れた暗闇の中を、二度と離れないように手を繋いで。
 何もかも失い、暗闇の中を歩いて行く様子に、自分はいつか何かで読んだ“即身仏になる過程”を思い出しました。色々な立場があると思いますが、自分が読んだのは、空気穴を開けて地中に埋めた箱の中に入り、読経を続けるというものです。地中に入るのと螺旋階段を昇り続けるのは位置的に真逆ながら、その最中でチトが感じた万物との繋がりは、仏教的な世界との合一感と共通しているように思えます。

 そして、2人は最上層に至ります。
 語ることは、そう多くないようにも思えます。
 そこは2人が予期した通りの場所、だったでしょうか。読者には分かっていたこと、でしょうか。
 ただ、“神もなく、過去も失い、命は儚い”ということを示すだけであれば、単行本化に際して追加された最後の数ページと「あとがき」の1カットは不要だったろう、というのが自分の意見です。『夕凪の街 桜の国』(100夜100漫第5夜)の目次ページのカットは、彼女のみただろう最期の夢でしたが、それとは違う意図のものではないか、と思います。
 ロケット施設での立体図で、あるいは20話「月光」(3巻収録)で示唆されていたように、2人の旅は続いている可能性があります。
 ただ、それを断言したり、裏付けることはできません。『さよなら絶望先生』(100夜100漫第36夜)のラストのように、「好きなところで下車」できるということなのかもしれません。

 一つだけ確かなのは、終わりはある、ということでしょう。チトにもユーリにも、100夜100漫にも、この文章を読む貴方にも、人類にも地球にも、たぶん宇宙にも。それが早いか遅いかは大きな問題ではなくて、いざその時に最高だったよねと云えるか否かこそが大問題である。ということだと思います。というかもしかしたら、更に進んで最高だったよねとしか云えない、ということなのかもしれません。
 つくみず先生、心震える漫画をありがとうございました。ゆるゆるとした旅の様子に、当初は癒やされる気持ちすら覚えて読んでいましたが、いつしか胸の奥底に突き刺さるものを感じていました。云い換えれば、読者みんなで旅していたんだ、とも、ネット上の色々な意見を読んでいると思います。
 またいつかどこかで、作品に触れられる時を楽しみにしています。

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