【一会】『Spotted Flower 3』……“汚れた大人”になった夜
2018/11/05
作者の有名作『げんしけん』(100夜100漫第3夜)で見覚えがあるような、二次元ヲタクな夫と一般人で夫ラブな妻。2人を中心とした“日常&妊娠→出産ストーリー”のような体で綴られてきたこの漫画『Spotted Flower』。
予想よりも全然はやく3巻が出たのも、もう1年前の話となってしまいました。前述したような作品の枠から自ら逸脱するような、ある意味で衝撃的な今巻について、だいぶ遅くなりましたが語りたいと思います。
命名と妻の元彼
前巻の本編ラストにて無事に出産が果たされ、母となった妻。妻と夫の共通の友人らしき皆さんが病院に駆けつけてきます。何気に1巻から皆勤のコスプレ大好きな女性と、ちらりとしか出てこず顔も見えませんが彼女の夫と思しき髭の男性、吃る癖のある男性と、『げんしけん』読者にとっては「あの人とあの人なんだろーなー」という面々です。
友人らが去った後、今度は妻の祖母が来院。以前も相談しましたが未定だった赤ちゃんの名前について、そろそろ決めないとなりません。
祖母の発案で決まった、赤ちゃんの名前は「咲」。やはりこの漫画の元ネタと云うべき『げんしけん』で登場した名前です。これは「この漫画はパラレルワールドですよ」という作者のメッセージと受け取っていいのでしょう。しかし相変わらず、お婆ちゃんは夫の趣味への理解があり過ぎですね。
名前も決まって一安心と思いきや、病室にはまた2人の来訪者が。やはり夫妻の知人で、そのうち1人は妻の元彼のようです。
同じ趣味を持つもの同士、夫と彼らはイベントなどで顔を合わせているようですが、やはり元彼女である妻が同席していては(しかも出産直後ですし)、気まずいものが流れます。とはいえ、挙動不審なのは夫だけで、コミュニケーション力が高い妻も元彼も、あんまり問題にはしていないようですけれど。
ただ、他ならぬそのことが、夫を追い詰めたようです。「先輩はそういうのゆっくりだから」(p.20)などの元彼の言葉は、たぶん他意があって口にしたのではないと思いますが、夫にとって、ある意味でアドバンテージを誇示するように響いたようにも思います。
妻を病室に残し、病院を辞した夫の携帯にメールが入ります。それは、夫の元後輩で、割と本気な好意を抱いているBL漫画家――浅花碧(あさか・みどり)からのもの。何かが失調した夫は、自らその誘いに乗ることを選びます。
不義の時
浅花先生を自宅マンションに呼び出した夫。人目を盗むようにしてやってきた浅花に対して、彼は乾いた明るさで応じます。
“自分はダメでヘタレで無害なヲタクである”という自覚に基づいた卑屈さを「ガキなんだ」と自己評価する夫の吐露は、なかなかに切実。夫は自覚があるのでまだいいのですが、彼が云うような“自分は無垢で、周囲ばかりが汚れている”という考えを完全に信じて自省しない人がたまに居ます。若いうちはそれでもよさそうですが、この夫くらいの年齢になると、実態との食い違いが大きくなって苦しいんじゃないか、と思います。
それはそれとして。妨げる者がいない状況に、2人はついに深い仲へと進んでいきます。ただ、そこはヘタレな夫のこと、思っていたような形ではありませんでしたが。。
この場合はそう云い切って良いのか疑問はありますが、男女の不義の交わり――姦通といえば、文学の古典的な題材(にして、書いている文士たちのスキャンダルの好例)だったりします。夫のしたことはもちろん不道徳ですが、そんな“汚れた大人”が織り成す物語も、この作者の味でしょう。
BL編集物語
ここまで(全体のおよそ半分ほど)で、今巻のメインストーリーはおしまい。以降は浅花先生サイドの物語です。あとがきで木尾先生が「すみませぬ」と云われているのは、多分この構成についてなのでしょう。が、「出すつもりなかった人達まで引きずり出しちゃった」展開は、それはそれで面白く読めます。
第23話は、計4ページというごく短いエピソード。帰宅した浅花先生とアシスタントの会話が描かれていますが、倫理よりも経緯よりも今後よりも、やっぱり気になるのはそこなんですね。いや、でも少し分かるようにも…。
それにしても、先生と浅からぬ関係のアシスタントが、帰宅を待っている間どんな気持ちでいたのか、そっちも気になるところです。
続く第20.5話、第21.5話、第23.5話は、本線と並行した時間軸でのエピソード。大まかな流れとしては、商業誌のオファーが来て悩む浅花先生、相談相手として連絡をとった一般誌連載&BL同人作家として活躍中の荻上大学時代の先輩たちの近況、担当編集者・遠藤がふと気付いてしまった、浅花先生男性疑惑の顛末、といった感じでしょうか。完全新キャラ(?)である編集の遠藤さんが、物語の進行役として活躍しています。
今巻の半分を構成しているとはいえ、これらの挿話は“ヲタク夫と一般人妻”を描く本線からは遠く離れていると云わざるを得ないでしょう。もう少し本編を読みたいな、というのが自分の偽らざる気持ちです。
とはいえ、『げんしけん』を知る者にとって、例えパラレルな世界にしても、大人になった彼らが織り成す物語を見られる、というのは有り難かったりも。バランスが難しいところですが、このまま二層構造で進んでいくのもいいかもしれません。前巻の時も書きましたが「Spotted Flower」を「特異な花」と超訳するならば、浅花先生たちも「特異」には違いないですし。
最後のおまけ漫画「すぐそこにある禁句」は、病院から帰る途中と思しき夫婦の友人たちの一幕。妻の元彼の、やっぱり元ネタ通り(?)の素直鬼畜な発言を味わいつつ、物語は次巻へと続きます。
次なる4巻の刊行は…3巻から1年経った現在(2018年10月)も刊行日の話は聞こえてきません。他の作品の連載(はしっこアンサンブル)も始まっていますし、しばらく先になるのかな、と。半年先として、来年4月くらいでは、と予想しておきます。出産を終えた妻と、一線を越えた夫に待つものは何か、震えつつも楽しみに待ちたいと思います。