【一会】『双亡亭壊すべし 5』……黒と哄笑の来歴
2018/07/21
絵描きを目指す凧葉務(たこは・つとむ)、短刀を用いて魔を祓う刀巫覡(かたなふげき)の柘植紅(つげ・くれない)と、その弟・立木緑朗(たちき・ろくろう)、そして45年前の飛行機事故から変貌した姿で生還した凧葉青一(――・せいいち)。その4人を中心に、謎と悪意に満ちた館〈双亡亭〉をめぐり、話は彼方の異星にまで飛んだ『双亡亭壊すべし』。既に7巻まで出ていますが、ひとまず5巻から、読んで思ったことを書きたいと思います。
宇宙の彼方、「オジイチャン」こと〈白い星〉と、そこに身を寄せている青一たち旅客機の乗員。そして、これを侵略しようとする〈侵略者〉である〈黒い星〉。永続するかと思われた両者の戦いも、幾多の死と45年の歳月を経て、ついに終局に至りました。
しかし、唯一生き残り、〈黒い星〉の内奥に攻め入った青一と弟のマコトが見たのは、謎の穴。そしてその向こうに見える青い星とあの建物――地球と〈双亡亭〉でした。
時空をねじ曲げ、宇宙の遙か彼方から〈双亡亭〉へと逃れる。それが、〈黒い星〉の〈侵略者〉が企図した退路だったということです。
「オジイチャン」は云います。彼らは我々が滅ぼす。青一とマコトは、向こう側の〈門〉を壊してくれ、と。恐らくは終の別れの時が近づいていました。
絶対零度の宇宙の中、感情という光とぬくもりを放っていた青一たち人間に心惹かれ、地球人たちを引き寄せた。兄弟を見送りながら語る「オジイチャン」の、きっと遺言となるそんな言葉には、ちょっと谷川俊太郎氏の詩「二十億光年の孤独」を思い出したりもします。
それにしても、ここまでの話を整理すると、地球側で〈双亡亭〉の門が壊されなければ〈侵略者〉も地球に来られなかったということになります。門を壊すこととなった爆撃を指示したのは斯波総理と桐生防衛大臣なわけですが、彼らがそういう命令を下すこと自体、中学生だった頃の彼らに対して〈双亡亭〉が恐怖を植え付けた結果だとすれば――、恐ろしいことではないでしょうか。〈双亡亭〉に満ちる悪意の本体は未だ明らかになりませんが、一筋縄でいかない存在であることは確かなようです。
ともあれ、青一とマコトは地球への帰途につきます。が、途上、マコトはねじ曲がった時空の彼方へ。既に作中には、彼とよく似た人物が登場していますが、やっぱりそういうことだったりするんでしょうか?
これで、青一が経験してきたことの一部始終は語られました。青一の身体から出た“水”を浴び、ここまでの回想を半ば実体験のように味わった緑朗、そして歴代総理経験者たちの意思は統一されました。「双亡亭、壊すべし」。そして、マコトとの約束である「双亡亭で会いましょう」を果たすため、パトカーの大車列に守られつつ、青一は双亡亭へと向かうことに。ただの小学生である緑朗が同行することについては首相たちも渋い顔ですが、彼らが〈双亡亭〉に対して有効な力を有すると思っている青一の表情も冴えません。どうも〈双亡亭〉は、単に青一が散々戦った〈侵略者〉たちが逃げ込んだ先、というわけではないようです。
さて、完全に通信途絶した〈双亡亭〉内ですが、まだ生き残って戦う者たちがいました。突入部隊の隊長である女性・宿木が率いる凧葉、紅、アウグスト、フロルの一団と、発火能力(パイロキネシス)を有する老婦人ジョセフィーンとその夫バレットです。
ジョセフィーンたち夫婦は、〈双亡亭〉によって敵に回った修験者の朽目洋二(くちめ・ようじ)と交戦中。凧葉と紅たちの介入により朽目は無力化され、一段落かと思われましたが、勢い余って転げ落ちた凧葉の前には、次なる戦いが。敵味方に分離した鬼離田三姉妹です。
例によってトラウマをほじくる〈双亡亭〉により、三姉妹の長女・菊代は変貌。ついで妹の雪代、琴代たちにも魔手が伸びます。「バケモノの子」と云うと某アニメ映画を思い出しますが(話は全然ちがうと思います)、その言葉に呪われた三姉妹の過去は、登場人物中随一と思われる悲しさに溢れたものでした。『からくりサーカス』(100夜100漫第27夜)の“しろがね”の生い立ちもそうでしたが、彼女はまだ救いがあったように思います。しかし、鬼離田三姉妹に与えられたのは厳しいだけの修行と、出自についての絶望だけ。当初は耳障りに思えた彼女たちの笑い声が示していたのは精一杯の虚勢だったと思うと、目頭が熱くなりました。
そんな辛い過去を抉ってくる〈双亡亭〉に、挫けそうになるのも無理からぬことです。が、過去とか勝算ではなく、「これからどうしたいのか」と問う凧葉に、琴代は立ち直ります。続いて、雪代に対しても、凧葉の描いた絵に琴代が鬼神を降ろすことで、辛くも回復の糸口となることとなりました。
依代(よりしろ)となった絵を、「何を思って描いた?」と琴代に問われて凧葉が答えたのは、“「知識」や「経験」がないことを笑い飛ばす気持ち”。自分も「知識」や「経験」を人を黙らすために使う時がある気がして、胸に刻みたくなる場面でした。
凧葉の言葉によってか、ろくな思い出もない悲しい過去を、笑って紛らわそうという琴代たちの気持ちは、次第に前向きな笑いに変わります。どうしようもないことの多い毎日ですが、捨て鉢な気持ちではなく、光に向かう気持ちで「笑っちゃうしかない」と云えたら、〈双亡亭〉の力も及ばないということでしょう。
ほっと一安心な幕切れな今巻ですが、藤田先生のあとがきはどうにも不穏です。前半クライマックスと云われる次の6巻は刊行済みですし、更に7巻も先日刊行されました。怖れつつも楽しみに、読み進みたいと思います。