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【一会】『双亡亭壊すべし 3』……人は、辛い過去の奴隷ではない

      2018/07/21

双亡亭壊すべし(3) (少年サンデーコミックス)

 東京都豊島区にある“おばけ屋敷”、双亡亭が引き起こす奇怪な凶事と、そこに巻き込まれ、これを破壊せんとする人間たちのドラマ『双亡亭壊すべし』の3巻が、1月に刊行されました。ついに双亡亭内に侵入した駆け出し絵描きの青年・凧葉務(たこは・つとむ)と魔を払う〈刀巫覡(かたなふげき)〉の少女・柘植紅(つげ・くれない)、そして自衛隊の突入部隊と能力者たち。彼らを待つのは、彼ら自身の肖像画でした。それは絶望の始まりと思われましたが――自分の思いとともに書き留めたいと思います。

 投光器が稼働していたにも関わらず急に真っ暗になり、各人がバラバラになってしまった一行。環境省特殊災害対策室の森田やアメリカ超自然現象研究会の一員であるナンシー、それに外道修験者の朽目洋二(くちめ・ようじ)らは、自らの肖像画から出てきた「白い手」に次々に取り込まれてしまいます。彼らを待っていたのは、絵を描いているような奇妙な人影と、そして自らの幼少時のトラウマの追体験でした。
 動揺した彼らが絵から再び戻ってきた時には、斯波総理たちがかつて見た同級生の金山奈々子(かなやま・ななこ)のように、眼窩から血涙を流した生気の無い姿となっており、突入部隊の隊員たちを攻撃し始めます。かつてこの〈双亡亭〉に入った人々も、同じ過程を経て変わり果ててしまったのでしょう。

 務と紅もまた、自らの肖像画に取り込まれてしまいます。彼らもまた恐ろしい存在に変わってしまうのか…とおののきますが、どうでしょう。
 先に描かれるのは務の方です。絵の中なのか、夢の中なのか判然としない闇の中、他の人達が無視してきた絵を描く人影に、務はコミュニケーションを試みます。自らも絵を描いているから興味を持ったのでしょうか。
 その相手――厳しい表情ながら端正な顔立ちの青年は、一見すると外国人のようですが、東京藝大のことを話に出したりするあたり日本人かもしれません。〈双亡亭〉の主で画家志望でもあった坂巻泥努(さかまき・でいど)の顔は明確になっていませんし、彼という可能性もありますね。
 わりあい友好的に会話は進み、謎の青年は〈双亡亭〉内の務が行きたいところへ行かせてくれる、と云います。再会したら絵の話をすることを約束し、最後に「最も恐ろしいものは何だ?」との問いを発し、青年は務を行かせます。ちょっと不吉な予感を滲ませながらではありますが。

 そして、ついに務の前でも辛い記憶が再現され始めます。彼の嫌な過去とは、自らの父にまつわるものでした。再現は次第に記憶を逸脱し、恐ろしい憎悪そのものとなって再三、務を脅かそうとします。
 しかし、とっくに自分の「恐怖」や「弱さ」を認識して、折り合っていた彼にとって、それはもう致命的なものではありませんでした。恐怖と、それに乗じて自らの中に入ろうとする蛭のようなモノとのやり取りの中、彼は悟ります。これが「この家のやり方」だと。
 気がついた時には絵の外に居た務。紅を捜そうとする彼を、次に鷲掴みにしたのは今度は「白い手」ではなく「黒い手」でした。
 その頃、紅もまた、務と同じような過去の記憶に苛まれていました。彼女のそれは、弟・緑朗(ろくろう)に対する後悔によるもの。彼女が〈刀巫覡〉としての厳しい修行に打ち込んだのは、子どもの頃、自分の過失で弟に大怪我を負わせてしまった「罪」に対する「罰」の気持ちからだったのでした。
 当時の事故の衝撃が、緑朗の形をとった自らの罪の意識が、彼女の心を挫こうとします。しかし、緑朗の形をとった“それ”が紅に迫る「おまえのせいだ」という言葉を認めながらも、「自分をゆるしてやんな」という務の言葉が、彼女を救います。
 緑朗に恨んでいるか確かめたのか。過去は過ぎ去り、問題はこれからどうしたいかだ。そんな務の言葉からは、最近ちょっと興味があって読み始めたアドラー心理学を思い起こします。過去のトラウマは絶対的なものでなく、それを意味づけし直して強く生きることができる、としたアドラー心理学は、逆に少年漫画的と云えるのかもしれません。作品作りについて多くの文献に当たる藤田先生のことですし、アドラーも押さえているのかもしれません。

 それはともかく。務の言葉に自分の弱さを受け容れた紅は、緑朗が来てしまう前に〈双亡亭〉を壊すという当初の目標を思い出し、悪夢を打ち払いました。弟に、今度は素直に向き合うことを約束しながら。

 絵から戻った務と紅が味方と合流しようと〈双亡亭〉を歩き始めた頃、総理の斯波と、防衛大臣の桐生は、青一と緑朗を国会議事堂に連れてきていました。案内された部屋は、人呼んで「溶ける絵の控え室」。明らかに異常な部屋の中にあったのは、第34代内閣総理大臣・真条寺禅一(しんじょうじ・ぜんいち)を描いたという――釘付けにした板のために全容をうかがい知ることはできない――1枚の絵でした。
 青一が「絵」に戦いを挑んだのと同じ頃、務と紅は〈双亡亭〉について考察します。〈双亡亭〉の怪異は霊の類ではない。絵から外に出てこれない「何か」が、人間に成り代わるための「更衣室」ではないか。青一が云う「絵」は「通路」だという情報を総合すると、“どこか”から“何か”が我々の世界に表れる際の中継点が、〈双亡亭〉ということになろうかと思います。
 真条寺氏の絵から出てきた「白い手」を撃破した青一に、集合した歴代総理が「絵」や〈双亡亭〉について教えを請うたのと同刻、務と紅は1人の少女が助けを呼ぶ声を聞きます。紅の居場所に合流した時のように、務が願うと現れた「黒い手」によって2人は少女の元に移動、すんでの所で「白い手」から少女を守ることができました。
 助けられた少女、フィンランド出身のフロル・ホロパイネンは、アメリカ超自然現象研究協会のメンバーだと自己紹介します。彼女の能力「アポーツ」は、離れた場所から物体を“引っぱってくる”というもの。「白い手」との戦いで手を擦りむき、靴も壊れた紅のために、手袋とブーツを外から“引っぱって”くれました。
 フロルのこの「四次元ポケット」的な能力は、〈双亡亭〉探索を進める上で重要になってくると思われます。が、そんな凄い能力者たちが〈双亡亭〉によって、自分たちの敵となってしまったら――という務の危惧も、確かに頷けます。
 ともあれ、フロルを加えた3人は〈双亡亭〉内に佇み、議事堂では34代総理・真条寺が“爆ぜた”事件が語られ始めたところで、今巻は幕。次巻へと続きます。
 4月中旬発刊予定の4巻では、務たちと元味方との戦いと、ずっと謎の存在だった青一の過去が語られるとのこと。務たちに倣って自分自身のトラウマともちょっと向き合いつつ、刊行を待ちたいと思います。

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