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【一会】『蟲師 外譚集』……近く遠く、たゆたう話が五つ

      2018/07/20

蟲師 外譚集

 2度目のアニメ化もおおむね好評だった『蟲師』。漆原友紀先生による、虫のような植物のような原初的な生命のかたちをもった蟲と、人の営みを描いた漫画です。
 この漫画に関連した作品集が先ごろ(4月下旬)出版されました。その名も『蟲師 外譚集』。漆原先生ではなく、『蟲師』の世界観をベースに異なる5人の作者によるオリジナル読切作品を収録した単行本です。こういうのをトリビュートと云うのでしょうか。昨年の『蟲師 特別篇』(【一会】『蟲師 特別編 日蝕む翳』……再会と、満ち欠けへの祈り)もそうでしたが、緑が濃くなっていくこの時期の刊行というのが、何だか「らしい」なと思います。
 時代や人物など、割とバラバラな5編ですが、唯一の共通点としては、本来の主人公であるギンコが(ほぼ)登場しない、ということでしょうか。ちょうどいい数ですので、以下、1編ずつ個別に述べていこうと思います(作者の敬称略にて失礼します)。

「歪む調べ」…熊倉隆俊
 原作に登場した海辺の蟲“呼蟲”の亜種である“山呼”と、自分にも「できるのではないか」と思ってしまった偽蟲師の物語。たぶん、本作品集中で最も原作のテイストに近い作品かと思います。
 人間の思考と蟲の生態は必ずしも(というよりも、ほとんどの場合)合致しない。隣り合いながらも相容れない。そんな人と蟲の関係を、抑えた筆致で描いて巧みだと思います。

「滾る湯」…吉田基已
 原作よりも少し後世と思われる時代、あんまり売れない(と思われる)ユーモア漫画家、大軒鉄柱(おおば・てっちゅう)先生が訪れた、とある温泉地での一幕。湯花擬(ユノハナモドキ)なる蟲と、常に不機嫌な宿の若者、丹(まこと)を配し、ちょっと可笑しくも味わい深いストーリーが展開します。
 自分としては、今作品集で最も楽しく読みました。なにしろ鉄柱先生の台詞回しがいいです。文豪(太宰治?)風の、格式ばっていながら少し抜けた感じなので、何とも云えない根明(ねあか)な感じが作品に滲むんですよね。それでいて、しんみりとさせつつ大団円という気持ちよさもあって安定感があります。

「海のちらちら」…芦名野ひとし
 夕方の海でみる、湧き立つ魚のような無数の光。「虫みたいなもんだなあ」とだけ言って去った大人。
 こちらは逆に、原作からは最も遠い処にある作品かと思います。蟲師は蟲が視える存在ですが、その手ほどきというか、「蟲が視える」とはどういうことかを掘り下げた、というか、そんな味わいです。
 蟲師には体系だった養成機関はなさそうです。なので、こういう感じで誰かから誰かへ、そのノウハウが受け継がれていくんじゃないかな、と。そんな想像を掻き立ててくれる佳品と云えるでしょう。

「組木の洞」…今井哲也
 なぜか闇で気が付いた少女。蟲師を名乗る男女2人組に助けられ、棘(おどろ)の道の入り口に当たる“新宿地下道”の迷宮を、彼らと共にさまよう。家に――仲違いした姉のもとに帰るために。
 時代は一気に飛んで、ほぼ現代に。原作の「虚繭取り(うろまゆとり)」の変奏とも云える作品でしょう。
 現代の新宿と蟲の世界の中間点として、土地の“ヌシ”が作った地下道迷宮なるものを設定し、そこを彷徨う蟲師たちを描いたところが素晴らしいです。『ダンジョンマスター』とか「不思議のダンジョン」シリーズなどの、ダンジョン探索系のコンピューターゲームに連なる楽しみがあるように感じました。
 それと、男性の方の蟲師ミハが語る、蟲という概念の現代的解釈もまた興味深く。原作を読んで『蟲師』現代編なんていうものを妄想したりもしましたが、それに一番近い作品じゃないかと思います。

「影踏み」…豊田徹也
 探偵の山崎のところに、14歳の長谷川真帆(はせがわ・まほ)が持ち込んできた母親の失踪事件。しぶしぶ調べを始める山崎だが、財産家の瀬尾老人、蟲を視るお爺さんといった人物との出会いが、意外な方向へと事態を展開させていく。
 原作「残り紅(のこりべに)」に出てくる大禍時(おおまがどき)をモチーフに、社会派ミステリを思わせる現代劇を構築した一篇です。画面の雰囲気からすると、原作からかなり離れた作風かとも思いますが、“人探し”に“明かされる真相”など、『蟲師』的要素が揃っています。ハードボイルド風なエピローグもあって、本作品集のラストに相応しいんじゃないでしょうか。

 というように、5人の作家によるそれぞれの『蟲師』は、それぞれの味わいがあってなかなかに乙なものでした。蟲と人が描かれていれば、それはもう『蟲師』です。
 原作では狩房淡幽(かりふさ・たんゆう)が“蟲を屠った話”を蒐集しています。ここに収められた5編は必ずしもそうした話ではありませんが、彼女の無聊を慰めるために、ギンコから彼女に語られることになる、のかもしれません。
 そういう話ならば、多ければ多いほどいいでしょう。いつかまた今回とは異なる作者による外譚集が世に出ることを、密かに期待したいと思います。

 - 一画一会, 随意散漫 , , , ,

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