【一会】『コトノバドライブ 3』……不思議に遇って、ふと物思い
2018/07/21
こぢんまりとしたスパゲティ屋「ランプ」の店員・すーちゃんの日常に、1話あたり1つだけ、5分間の不思議な時空を添えて描かれる、少し不思議系日常漫画『コトノバドライブ』。3巻が出てだいぶ経ってしまいましたが、読みましたので書き留めたいと思います。
今巻では、昨秋から今年の初夏にかけて掲載されたエピソードを収録。今の時期にぴったりな夏の海に始まり、秋冬を経て初春まで、前巻までに増して季節を感じるお話が揃っている印象です。
少し怖い不思議、何だかよく分からない不思議、土地神様っぽい不思議、ちょっと涙腺にくる不思議などなど、不思議の種類も色々ですが、特に印象的だったのはroute18(第18話のこと。以下同様)、21、22、24の4編でしょうか。
今巻最初のエピソードでもあるroute18「松林のこと」は、「ランプ」の店長の姪・春日(はるか)と海辺に遊びにいく話。晩夏の海で(特に炎天下で)おでんを食べると美味しい、というのは自分にとって新説でしたが、まず海でおでんって売っているのだろうかと、最近まったく海に行っていない自分は昔の記憶を辿ったりもしましたが、思いだせません。
と、そんな不思議とは全く関係のない部分が引っかかったりもしましたが、この話の不思議は、ちょっと怖いタイプ。確かに夏の夕方って、何か妖しいことが起こる気がします。お騒がせした罰が当たった、というところでしょうか。
季節が一気に移って、route21「鍋の夜のこと」は、すーちゃんと幼馴染みの友人きっちゃんが過ごす冬の一夜を描いたものです。きっちゃんは、前巻で帰ろうとするすーちゃんを引き留めようとしていた友人と同一人物でしょう。
あまり強くないけどお酒が大好き、蔵書はちょっとヘンだけど興味深いものばかり、外出時はポンチョというナイスなきっちゃんですが、そんな友人とソバ猪口でグラッパを飲む時間なんて極上じゃないでしょうか。それに、“幸せな酔い”の不思議に絡めて、世の中やすーちゃん自身の疲弊という切なさが匂う苦味もまた良いです。さらに、明くる朝の朗らかさに救われると、物語としては今回随一ではないでしょうか。
続くroute22「ふたつのコーヒーのこと」は、例の“小さなはるか”が登場する話です。彼女が登場する不思議は、すーちゃんも読者ももう慣れっこでしょう。
この話を特筆すべきものにしているのは、もっと別な要素にあります。それは、すーちゃんが将来を考えるという点。「ランプ」でバイトして、割と現状に満足しているように見える彼女も、叶えたい何物かを胸に持っているということが示された点は重要だと思います。
今はまだ「どうしようかな」という気持ちだけのようですが、いずれは「こうしよう」に変わるのではないでしょうか。最初の頃からカメラを持ち歩いていますし、やはりそういう方向に進みたいのかな、とは思います。
自分にとって印象的なエピソード、最後の1編は、route24「にぎやかしの日のこと」。前話から引き継いだ雪に関する不思議を描いていますが、ここでも目が行ったのはそこではなく、閑古鳥の鳴く「ランプ」の情景でした。
自分は接客業のバイトって殆どやったことがないのですが、お店が暇な時の店内は、公的な空気と私的な空気が入り混じった、曖昧な感じがするのでは、と思っています。すーちゃんと店長の関係も、この話ではとりわけ公私が曖昧な感じがして、気になるところ。現状では「まさか」とは思いますが、すーちゃんの将来ともども注視しておきましょう。
そんな風に季節は巡り、また春となって、すーちゃんの不思議エピソードは次巻へと続きます。2巻から今巻まで9か月ありましたので、次巻は来年3月くらいになるでしょうか。
散歩や遠出をした時に自分も不思議を探しつつ、楽しみに待ちたいと思います。