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【一会】『アルテ 5』……“違い”なんて、無いからこそ

      2018/07/21

アルテ 5 (ゼノンコミックス)

 16世紀初頭イタリア。女性の社会進出が難しかったこの時代を舞台に、貴族の出ながら画家を目指して奮闘する少女アルテの修行の日々と、当時の人々の生活をつぶさに描く『アルテ』。6月下旬に5巻が出ましたが、このほど読みましたので書きたいと思います。

 前巻で、生まれ育ったフィレンツェを離れ、ヴェネツィアに到着したアルテ。この地に彼女が来たのは、ユーリという抜け目なさそうな貴族の青年の依頼を受けてのことでした。名門ファリエル家の一員であるユーリがアルテに依頼したのは、ファリエル家の肖像画を描く仕事と、彼の姪っ子の家庭教師。何だかすごい組み合わせですが、当時はよくあったことなのでしょうか。
 ユーリの姪である令嬢カタリーナは予想通りの難物。そんな彼女に対しアルテはどう関わっていくのか――というのが今巻の要約と云えるでしょう。今までは、いかにアルテが画家の技術や心構えを習得するか、ということがメインになっていましたが、今巻では少し毛色が違いますね。家庭教師としてのアルテの仕事は、生徒に教えることですし。

 フィレンツェに着いたアルテが見たのは、世界中から集まってくる様々な人々や品々。奴隷の売買も平然と行われていたりしてアルテも驚いていますが、16世紀とはそういう時代だったのだと、読んでいる自分も改めて認識しました。
 時代の話をすれば、この時代のヴェネツィアとフィレンツェでは食事のマナーなどもだいぶ異なっていたようで。家庭教師としても招かれた以上、相応の振る舞いが求められるため、アルテはその点も苦労したようですが、ともあれユーリの案内で、彼の姪の住む屋敷に住み込むことと相成ります。
 姪の名はカタリーナ。ユーリの兄マルタとその妻ソフィアの娘です。第一印象こそ大人しめな感じだったカタリーナですが、母親が席を外せば予想どおりの豹変ぶり。しかし帯に書いてある「ワガママ令嬢」というよりは、どこか他者と自分との間に線を引いた、殻に閉じこもった女の子という印象を自分は受けました。

 そんなカタリーナですから、表面上はそつなくこなし、しかし肝心なところは頑なに拒絶するという、ある意味では最も難しいタイプと云えるかもしれません。とはいえアルテだって、もうただの貴族の娘でも家庭教師でもありません。当初こそ少し困惑気味でしたが、レオの工房で培った体力と、男社会な画家業界で身に付いた不屈さでやる気を燃やします。「とにかく/今まで通りの自分で頑張るしかないんだわ」という言葉に、この変わり者の家庭教師にちょっと引き気味だった召使いのダフネも、何がしか感じるところがあったようでもありますね。
 アルテの幾つかの奇策もある程度は効果的だったようですが、カタリーナとの距離を大きく縮める切っ掛けとなったのは、彼女が隠していた、とある秘密でした。その“秘密”に関わっている時のカタリーナは本当にいい笑顔をしていますが、それがアルテに露見した瞬間は、まさに氷のように冷たい拒絶の表情。それは彼女の絶望をも内包していたからですが、その絶望とは、自分もその一員である貴族的なものへ絶望だったと云えるでしょう。
 カタリーナが抱える辛さは、昔のアルテの辛さと似ています。だから、嬉々として自分が描いてきたスケッチを披露し、今の暮らしが楽しいと語る彼女の笑顔は、カタリーナの閉ざした心を、多少なりとほぐすことができたのでしょう。

 しかし、それだけで直ちにカタリーナの考えが変わるわけではありません。カタリーナに招待された、美味しいもの盛りだくさんな「晩餐」の場で、それは明らかになります。
 今巻でとりわけ示されているのは、“違い”ということだと思います。土地の違い。階級の違い。それらは、有るようで無いのかもしれません。ただ、違いが無いからこそ、最後にカタリーナが云ったことに、自分は有効な反論ができないように思えました。
 考え込むアルテに、ユーリは「最後まで仕事を全うすると約束するなら」カタリーナの過去を語ろうと云います。大事なことをわざと黙っていたりして、まだ何となく自分はこの青年を信用できなかったりもしますが、アルテは彼に仕事の完遂を約束し、ユーリは自らの知るカタリーナのことを、語り出そうとします。

 …といったところで、今巻は幕切れです。幕間に描かれた「storia parallela」でフィレンツェの皆さんの様子を垣間見たり、「あとがきたぬきまんが」で当時の虫歯事情におののいたりしつつ、来年2017年1月20日に刊行予定の6巻を楽しみに待ちたいと思います。

 - 一画一会, 随意散漫 , , ,

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