成年漫画(いわゆるエロ漫画)にかける作者の分身、花比野Q一朗(はなびの・キューいちろう)こと日比野龍一朗(ひびの・りゅういちろう)の、仕事関係の女性と深い仲になっても彼女はできない哀感と、一方で漫画執筆にかける熱い姿を描いたこの『まるせい』。自分としては何となく、エロ漫……
第203夜 密やかに、たおやかに。純日本な戀の形…『藍より青し』
「で でも あおいは かおるさまの側にいたい/ずっとずっと 側にいたい/…側にいたら/…ダメ?」「そんなのムリに決まってるよ/ずーっと側にいることなんて」「じゃあ あおいは かおるさまのこと ぜったいにわすれない/毎日毎日あおいの中で かおるさまのこと ずっと思ってる/だからあおいは かおるさまとずっと ずっと いっしょ」
『藍より青し』文月晃 作、白泉社『ヤングアニマル』(・特別篇:『ヤングアニマル増刊“あいらんど”』)掲載(1998年11月~2005年8月)
東京の明立大学に通う花菱薫(はなびし・かおる)は、一人暮らしの大学生。ある日、彼は藍色の紬(つむぎ)に身を包んだ同い年ほどの少女と出会い、道案内をすることに。
案内をするうちに、その少女、桜庭葵(さくらば・あおい)が慕い訪ねてきたのが自分であることが判明。子どもだった18年前に逢って以来恋い焦がれ、嫁ぎに来たと云い放つ葵に、薫は若干嬉しく思いながらも困惑する。
大財閥花菱家。非嫡出子ながら、薫はそこの次期当主候補なのだ。しかし、かつて次期当主として育てようとするあまり自分に虐待同然の仕打ちをし、母を忘れろと迫った祖父の源一郎(げんいちろう)への憎悪から、彼は花菱の家を出て帰らないつもりでいた。
一方、葵の実家である桜庭家も、江戸時代から呉服屋を創業し、今では全国有数の名門百貨店「さくらデパート」を経営する由緒ある家柄。つまり、2人の間の許嫁関係は多分に両家の交流という政略的な意味あいを含むものなのだった。
しかし、薫が家を出たことで許嫁関係は破棄ということになり、桜庭では葵に新たな縁談が考えられていた。葵の好意を嬉しく思いながらも、彼女の実家を納得させるには実家に戻らなければならず、薫は葛藤する。
やがて、娘の一途さに動かされた桜庭家は別荘の1つを解放する。そして、もともと葵を連れ戻しに来た後見人、神楽崎雅(かぐらざき・みやび)の監督のもと、薫と葵の同居(とはいえ葵は離れだけど)は、ひとまずは許されることになるのだった。
晴れて新しい暮らしは始まるが、それは静穏という表現にはほど遠く。大学で薫と同じ写真部に所属し、博多弁を話すアメリカ人ティナ・フォスター。同じく写真部の後輩で、ドジで不器用だけど酒豪でオカルティックな趣味の眼鏡娘、水無月妙子(みなづき・たえこ)。イギリス帰りのお嬢様にして薫に熱烈アタックを繰り返す美幸繭(みゆき・まゆ)。妙子の従妹で、海辺育ちの女子高生、水無月ちか。
――と、なぜか薫に好意を持つ女性たちが次々と登場し、薫と葵の暮らしを掻き回す。下宿同然となった洋館で、スキャンダル防止のために許嫁関係や家の事情を周囲に伏せつつ、騒がしくも楽しく、少し物憂さを孕んだ日々は続いていく。
だが、いずれそれらも過ぎゆく日々。それぞれが葵に寄せる想いの行き先は。そして花菱と桜庭、両家と2人の関係はどう決着するのだろうか。
陰影
前にも書いたと思うけれど、自分は実家を出て独り暮らしをしながら大学生活を送っていた。自分のいた大学は割とそういう学生が多く、便利だからと大学の近所に住む者が多かったものだから、卒業する時には何だか超長期の合宿が終わるような気がしたものだ。
大学の近所に住む学生同士、お互いの家を行き来して、課題を分担したりノートの写しを取引したり酒を飲んだり、たまには青春の悲喜こもごもに直面して口論したりしていたのだが、友人宅の本棚を見るのは自分の密かな楽しみだった。ネットで見る限り、この悪癖には賛同してくれる人も多いようだ。
その密かな楽しみの結果、とある友人の本棚にこの漫画の1巻を発見し、一読した時には、歴史系の硬派な文献を蒐集していたその友人とミスマッチなように思った。が、あまり語りたがらなかったが友人の実家は地元ではかなりの豪農らしかったし、実家を出て独り暮らしという状況もシンクロして、この漫画にそれなりに感情移入しているのではと思われた。
ひとつ屋根の下(およびその離れ)での共同生活という構図、登場するヒロインたちの属性、個々の小エピソードなど、連載時期が重なっていた『ラブひな』(第19夜)との類似した部分は散見される。また、青年誌での連載であるため露出度や性描写という点では、この漫画の方が露骨だ。
しかし、それ以上に決定的に違うのは、作品全体に漂う暗さ――と云うと語弊があるが、湿度というかたおやかさというか、そんな雰囲気だと思うのだ。
押しかけ許嫁にして和服美人な葵の大和撫子ぶりによる部分ももちろん大きいが、それ以上に、既に物語の初期において相思相愛となった2人が、にもかかわらず周囲にその想いを秘したまま過ごしていくというスタイルは、ある意味すごくジャパニーズだ。それぞれの“家”が2人の関係に影を落とす展開からも、良くも悪くも“旧き日本らしさ”が嗅ぎ取れる。
そうした要素ゆえに、たとえティナや繭やちか達が大騒ぎしていても、微かな陰りが漫画全体を縁取っているように感じられるのだ。この漫画を『ラブひな』などと一緒に90年代末~ゼロ年代初頭のラブ“コメ”と云うのに自分が躊躇いを覚えるのは、その辺りの違いによるのだろう。
真実撫子
先ほど葵のことを「大和撫子」と形容した。しかし、この漫画において最も撫子という言葉が相応しいのは、思うに葵ではない。
大和撫子という言葉には、今日的には「爽やか」「凛としている」「お淑やか」など複数のニュアンスがあるようだ。それらのうちの「じっと忍ぶ」という意味を正面に捉えるのならば、この漫画における真の大和撫子は、青い瞳を持ちながら博多弁を話し、宴会をこよなく愛すティナ・フォスターであろう。
薫と葵が物語の初期から相思相愛であり、この2人が困難をどう乗り越えていくかを中心に物語が綴られる以上、薫に好意を抱く葵以外の女性たちの失恋は不可避だ。それぞれ叶わなかった想いをどうするのかについて、この漫画はかなり丁寧に描いているが、中でもティナのエピソードは、分量としても濃度としても他の人物のそれとは大きく異なる。この漫画全体における女性キャラの扱いの大きさを比で表すとするならば、4(葵):2(ティナ):1:1:1:1(その他の4人)くらいの数字に収まるだろう。
ともあれ、福岡出身の作者が、博多弁のティナに物語上の役割以上のものを託しただろうことは、後半の展開を読めば分かる。薫との共通項である写真という要素をよすがに、アメリカと博多に引き裂かれた彼女のアイデンティティすらも吐露する一幕は、単なる恋愛感情だけでなく全存在をさらけ出した告白として、読者に迫るだろう。薫と葵の物語は確かに王道だが、ティナの物語も劣らず王道で、この漫画の表裏を支えているのだと云える。
物語の導入がどうしてもご都合主義的に読めるし、コメディタッチのシーンはどこまでも軽いので、敬遠する人もいる漫画ではあると思う。しかし、薫や葵、ティナといった登場人物の言動に一本筋が通っていることは見逃せない。初夏は藍染の季節だが、この時期に相応しい、凛としたしなやかさを感じる漫画だ。
*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 13cm)、全17巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。
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