【一会】『白暮のクロニクル 8』……1600歳超えの純情
2018/07/20
不老不死に近い吸血鬼っぽい種族“オキナガ(息長)”が存在する世界。見た目は少年ながら88歳の“オキナガ”雪村魁(ゆきむら・かい)と、彼らを管理する厚生労働省夜間衛生管理課(通称やえいかん)の新人・伏木あかり(ふせぎ・――)が、12年に1度、未年ごとに若い女性を殺す「羊殺し」を追う、社会派オカルティック推理『白暮のクロニクル』。最新刊の8巻が出て1か月経ってしまいましたが、読みましたので書き留めたいと思います。
冒頭にいきなり衝撃的なシーンが挟まっていますが、それはさておき今巻のメインストーリーは11月下旬、前巻で描かれた、映画『眠れない羊たち』をめぐる事件の直後から始まります。
相変わらず週刊誌『パトス』は、あかりたち夜衛管に対して厳しいスタンスの記事を載せたりしています。また、あかりの上司である課長の紀(きの)や“オキナガ”でもある参事の竹之内唯一(たけのうち・ただひと)たちは、“オキナガ”に関する法改正をめぐり他省の官僚たちと込み入った話をしている様子。
そんな中、あかりにとっての実の祖母となる津野田棗(つのだ・なつめ)が、魁の幼馴染み――そして「羊殺し」に殺された――棗と同一人物であることを確認した2人。改めて「羊殺し」の真相に迫ろうとする彼らですが、そこに件の『眠れない羊たち』事件に居合わせた“オキナガ”の女優・鈴川なえから連絡が入ります。
“オキナガ”であることを周囲に黙って就労していたなえ。彼女は今、“オキナガ”の社会復帰を促すとされる長野光明苑(5巻の舞台になった施設ですね)に入所しています。ここも5巻の事件で色々と様変わりしたようですね。
そんな光明苑を訪ねた2人に対し、なえが語ったのは、彼女がまだ鈴峰苗子(すずみね・なえこ)と名乗っていた昭和18年、12月24日に催された按察使家のパーティーでのことでした。按察使家というのは魁がアジトにしている“殺人図書館”こと按察使文庫の主、妙齢の“オキナガ”按察使薫子(あぜち・かおるこ)さんの実家ですね。太平洋戦争による疲弊が国内に見え始めていた時期にもかかわらず豪奢な集まりだったようですが、その夜に彼女は恐ろしい事件を目撃します。
それは、パーティーに出席していた当時の大女優・伊集幸絵(いじゅう・さちえ)と、同じく出席しており幸絵とも面識があった竹之内の両者に関わるものでした。同時にそれは、その事件の犯人が竹之内である可能性を――もっと云えば、それから12年後以降の「羊殺し」が彼である可能性すら――示していることになります。
竹之内は犯人か否か。既に新刊とは云えない今巻ではありますが、やはりその問いについての明確な解答はここではしないでおきましょう。
ともあれ疑惑は深まります。あかりと魁は大胆にも竹之内本人に問いただすのですが……竹之内の部屋であかりが見つけた1枚の写真から、話は意外な展開…というか変にコミカルな雰囲気に。
薫子も加えた3人に竹之内が語ったのは、彼と幸絵の意外にも深い関わり。既に“オキナガ”であったため壮年の外見から少しも変じない竹之内にとって、少女から女性へ、そして大女優へと移ろっていった幸絵がどういう存在であったか、竹之内自身は単に「熱烈なファン」としか云いませんが、描かれた彼の振る舞いをみたら本心は明らかでしょう。
竹之内さんは「1600年ばかりこの国に仕えている」という古い古い“オキナガ”です。まだ奈良時代にもなっていない頃から今の姿と意識を保っているらしい彼にとって、恋とか愛というのはどういうものなのか、聞いてみたい気もします。
現在続編が連載中の『3×3EYES』(100夜100漫第100夜)にも、三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)という不老長命の種族が登場します。彼らは確か、長く生き続けることによる精神の摩耗から自分を守るため、自らの中に新たな意識を作り出し二重人格となっていく、という設定だったかと思います。『からくりサーカス』(100夜100漫第27夜)の人形破壊者集団“しろがね”の面々は、強い生命力を有し5年に1歳しか歳をとらないという存在でしたが、その心は自動人形に対する強い憎しみに突き動かされることで、長い年月を生きていました。いずれも、長く生きるには、肉体以上に精神に変容をきたさざるを得ない、ということではなかったでしょうか。
まぁ、長く生きることによる意識の摩耗なんて、生身の人間には体験しようもないし従って対策も不要なのですが。しかし、普通に生きるだけでも、心の瑞々しさを保つのはなかなか容易ではないと最近考えるようになった自分には、竹之内さんの答えが気になるところです。
さて、その後、彼らは再び長野光明苑を訪れます。そこには、雀城英了(ささぎ・えいりょう)なる人物も容疑者として浮上したり、まだまだ女優を諦めていない、なえのしなやかな強さに接したり(幸絵による「先輩の教え」は確かに伝わったのでしょう)といったエピソードもあるのですが、それらの要素を吹き飛ばして全部持っていくのがラストに配された少年(?)登場のインパクトでしょう。
魁に対して「君の兄」だという彼は多分“オキナガ”なのでしょうが正体は不明です。竹之内の表現を借りれば、竹之内が自分の血を分けて“オキナガ”にした魁にとって、竹之内は「父のようなもの」ということになります。ということは、この不思議な少年(?)もまた、竹ノ内からの血分けで“オキナガ”となった存在なのでしょうか。
少年(?)は、あかりには「大きな羊」と声をかけます。このフレーズは6巻に出てきた入来神父が云っていたような気がしますが、こちらも詳細は不明。さらに云えば今巻冒頭の謎も残されたままですし、続きを待つ他ない感じです。
そんな大いに謎を引っ張った次巻9巻は、8月末刊行と予測されます。あかりと魁を中心とした人物の相関関係を整理して再読しつつ、続きを楽しみに待っています。