漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

*

「 熱い 」 一覧

第64夜 人と妖(バケモノ)とが綾なす陰陽の絵巻…『うしおととら

「行っくぞーっ、とらーっ!」「うるっせーんだよ、うしおーっ!!」


うしおととら(33) (少年サンデーコミックス)

『うしおととら』藤田和日郎 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(1990年1月~1996年10月)

 寺に住む少年、蒼月潮(あおつき・うしお)は、住職の父に虫干しを命じられた蔵の地下で、古びた槍に張り付けにされた妖怪と出会う。潮に「とら」と名づけられた妖怪は、かつて近隣に君臨していた大妖だった。そして、とらを500年にわたって張り付けていたその槍こそが、潮の父、紫暮(しぐれ)の云う妖怪退治の槍、「獣の槍(けもののやり)」だった。やむにやまれぬ事情で解き放たれたとらは、まずは潮を喰らおうと狙うが、槍を持った潮には叶わず、1人と1体の奇妙な共同生活が始まる。
 槍を持つ潮に押し寄せる妖(バケモノ)たちを、潮ととらは互いに罵りあいながらも協力して倒していく。戦いの中、死んだと聞かされていた母の消息を知った潮は、とらと共に旅立つことになる。それは、母に会うための旅立ち、そして、槍ととらの因縁を知り、多くの力を束ね、世界を滅ぼす大妖怪、白面の者(はくめんのもの)との戦いに臨むための旅立ちだった。

陽の力
 自分が、迷わずベストオブ漫画に挙げる作品だ。大学生になったばかりの頃、独り暮らしを始めて間も無く本作を知り、以来ずっとトップに在り続ける本作を前に、あまり冷静なことは書けないかもしれないが、努力はする。
 本作の魅力は多様で、長大な物語ゆえに切り口も様々だろうが、やはり第一に主人公、潮に代表される、人間の持つ希望への指向、純粋さ、明るさ、といった陽の力を臆面無く描いたことだろう。純粋で自己犠牲に溢れ、何もかもを信じる潮に対し、「鼻につく」という批判は当然、有り得る。しかしそれでも、過酷な運命を引き受け、それでも笑い、下手だが温もりに溢れる絵を描き、妖に対して引かないと同時に愛しさえし、多くの存在との絆を連ね、束ねていく彼の活躍に、勇気付けられる読者は多いだろう。洗練という言葉からは遠いと云われる画風にしても、この荒削りな人間的魅力を描いた物語には、この上なくマッチしていると思う。
 自分が物語に対して抱く「読むことで、読者が現実を変える力となる」という理想に叶う、掛け値なしの名作だ。

陰とも共に
 先に記したことと正反対ながら、本作には妖の持つ奇怪さ、妖が生まれた発端にある暗い感情、妖が潜む場所の描写における意匠など、陰に属する魅力もまた備えられている。妖達のデザインは闇に蠢くものの息遣いを感じさせる奇抜なものが多く、その野太さ、鋭さ、妖しさで、潮たち人間にはない土臭い魅力を湛えている。潮が引き抜く獣の槍にしても、その起源にはどす黒い感情の澱が淀み、槍の描写からもそれが凄みとして伝わってくる。
 これら陽と陰はイコール善悪ではないし、簡単に色分けできるものでもない。例えば人間であっても、凶羅(きょうら)、鏢(ひょう)、流(ながれ)といった者たちに通底している執念は陰に属すと云えるし、陰の者である妖たちにも、義侠心や兄弟愛といった陽の力を感じられる。作者の次作『からくりサーカス』(第27夜)では人間の素晴らしさがクローズアップされたが、本作では人間と妖、陽と陰の魅力が並立されているのだ。そうした陰陽の力が、潮ととらの関係のように、あらゆるレベルで相反しながらも結びついたり、表裏一体を成したりして形作った一大絵巻。本作を一言で表そうとする時、自分はそんな言葉を用いたいと思う。
 2013年1月、東北復興支援プロジェクト「ヒーローズ・カムバック」の1作として、前・後編の書き下ろし読み切りの形で、本作は『サンデー』紙上に帰ってきた。これからもきっと、人々の心が沈む時、それを吹き飛ばすために彼らは帰ってくる気がしてならない。

*試し読み*(リンク先の「サンプル」「立読」等をクリック)
Kindle eBookJapan

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.8 x 11.8cm)、全33+外伝1巻。紙媒体品切れ。電子書籍化済み。

☆ワイド版…B6判(18.6 x 13.2cm)、全18巻。「外伝 ECLIPSE」(『うしおととら全集 上 原画集 月と太陽』初出)を含む外伝を最終巻に収録。

☆文庫版…文庫判(15 x 10.6cm)、全19巻。ワイド版同様、外伝を最終巻に収録。

☆完全版…A5判(18 x 12.8cm)、全20巻予定。雑誌掲載時カラー再現、秘蔵特典同梱巻あり(1巻には初期ネーム『魔槍記』ネームノート付属)、カバー下イラストあり。

広告

広告
thumbnail

第52夜 誰も彼も汗にまみれて一生懸命にバカだった…『柔道部物語

「「「俺ってストロングだぜぇ~!」」」 『柔道部物語』小林まこと 作、講談社『週刊ヤングマガジン』掲載(1985年9月~1991年7月)  地元の岬商業高校に入学した寿司屋の息子、三五十五(さんご・じゅうご)は、中学では吹奏楽部でサックスを吹き、成績はトップクラス……

thumbnail

第49夜 愛のため正義のため、少年達は神々に挑む…『聖闘士星矢

「いくぞ!!/地上の愛と正義のために!!/命と魂のすべてをそそぎ込んで!!/今こそ燃えろ黄金の小宇宙よ!!/この暗黒の世界に…/一条の光明を!!」 『聖闘士星矢』車田正美 作、集英社『週刊少年ジャンプ』→『Vジャンプ』(完結編のみ)掲載(1985年12月~1990年……

thumbnail

第35夜 目を逸らさず、歩みを止めないということ…『るろうに剣心

「剣は凶器 剣術は殺人術/どんな綺麗事やお題目を口にしても/それが真実――けれども拙者はそんな真実よりも、薫殿の言う甘っちょろい戯れ言の方が好きでござるよ」 『るろうに剣心』和月伸宏 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1994年4月~1999年9月)  明治初期……

thumbnail

第32夜 白球とバット(釘付き)にかけた青春…『たのしい甲子園

「是非もない!」 『たのしい甲子園』大和田秀樹 作、角川書店『月刊少年エース』掲載(1998年5月~2000年9月)  県下一の不良高校、瓦崎工業高校。校舎内にバイクの改造屋があり、些細なことで乱闘が始まるワルの名門である。  瓦工をシメようと入学してきた桂ケン……

thumbnail

第29夜 リミッター解除した男達の極限妄想…『妄想戦士ヤマモト

「俺たちはたしかにクズだ/自分でもヒクぐらいのクズだ/だがっ/だからこそっ/俺たちは漢でありたいと願うのだ!」 『妄想戦士ヤマモト』小野寺浩二 作、少年画報社『アワーズライト』→『アワーズ増刊』→『ヤングキングアワーズ』掲載(2000年7月~2005年12月)  ……

thumbnail

第27夜 宵闇に燦然と燃えさかる“人間の姿”…『からくりサーカス

「何かあったら心で考えろ…/今はどうするべきか…ってな。/そうして…笑うべきだとわかった時は…/泣くべきじゃないぜ。」 『からくりサーカス』藤田和日郎 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(1997年7月~2006年5月)  両親の都合で中国で暮らしていた青年、加藤……

thumbnail

第26夜 真のヒーローは、弱きを癒し強きも癒す…『オンセンマン

 2013/05/30  100夜100漫, ,

「それでもオンセン・イン!」 『オンセンマン』島本和彦 作、角川書店『月刊少年エース』掲載(1995年2月~1996年12月)  箱根の大涌谷(おおわくだに)から200年に1度の奇跡で生まれる伝説の勇者、オンセンマン。彼は病み疲れた都会の人々を自らの温泉パワーで癒……

thumbnail

第21夜 運命・意志・希望…『ジョジョの奇妙な冒険Part5 黄金の風

「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている/向かおうとする意志さえあればたとえ犯人が逃げたとしてもいつかはたどり着くだろう? 向かっているわけだからな……………違うかい?」 『ジョジョの奇妙な冒険Part5 黄金の風』荒木飛呂彦 作、集英社『週刊少年ジャ……

thumbnail

第20夜 闘いに臨む覚悟と、その果ての慈悲…『怪奇警察サイポリス

「汝の魂に、幸いあれ…!」 『怪奇警察サイポリス』上山道郎 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1991年12月~1995年6月)  新聞部の部長を務める中学2年生、鬼塚勇気(おにづか・ゆうき)。同級生の新聞部員、三原千夏(みはら・ちなつ)に押されつつも部を取……

広告

広告