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【一会】『アルテ 8』……帰郷。そしてこれからの選択肢

      2018/07/21

アルテ 7 (ゼノンコミックス)

 ルネサンス後期のイタリア、貴族のお嬢様ながら画家を目指す少女・アルテの修業の日々を描いている『アルテ』。引き続き、1月刊行の8巻について書きたいと思います。

 前巻ラストで、名門ファリエル家の有力者ユーリからのパトロンの申し出を断り、故郷フィレンツェへと帰ることを選んだアルテ。予定の半年よりは長いヴェネツィア滞在となりましたが、謝肉祭の季節の終わりにフィレンツェへと帰ることとなりました。謝肉祭の時期というのは地域(というかキリスト教の宗派)によってもまちまちなようですが、ヴェネツィアでは2~3月くらいのようですね。なので、アルテが帰るのは春先ということになるでしょう。
 準備万端整い、謝肉祭を楽しむアルテの唯一の心残りは、彼女のヴェネツィア滞在の1つの切っ掛けとなったカタリーナのこと。しかし、彼女ももう出会った頃の頑なな少女ではありません。別れに際して、交わした言葉は少しばかり。けれどもそれは、お互いの友情を語るには充分なものだったようです。

 久々のフィレンツェの様子は、アルテの親方レオと、高級娼婦(コルティジャーナ)ヴェロニカの仕事の打ち合わせの場面から。当然ながら、アルテがいない間も、各人にはそれぞれの日常がありました。
 ヴェロニカも、アルテが文字を教えていたお針子のダーチャも、アルテの帰りを待ちわびています。もちろん、レオだって顔に出さないだけで、気にしていないわけがありません。「弟子」と題された、このアルテ帰還のエピソードには特段ひねりが有るわけでもありませんが、レオ1人の静かな日常と、アルテが帰ってきて途端に賑やかになる様子が印象に残りました。

 ここまでのお話と、以降の「小さな工房」と題されたエピソードの間には、数か月の隔たりがあるようです。少し伸びたアルテの髪から、そのことが窺えます。
 フィレンツェに帰って以来、ヴェネツィアでの仕事の評判や、ヴェロニカの口添えにより、アルテには、レオ親方を介してではなく、直接に肖像画の依頼が来ることも増えてきたようです。
 万事順調ではありますが、レオの頭には成長著しい弟子の、今後の身の振りをどうするか、という課題が浮上してきていました。相談を持ちかけた同業組合のアロルド役員長もレオも、いずれはアルテをさらに名の知れた名工の元に紹介したいと考えているようです。
 とはいえ、アルテ自身の考えはどうなのでしょうか。肖像画の仕事は幾つも来ていますが、宗教画などを手がけるには依然として男社会の障壁があるようですし、有力なパトロンを得て高尚な絵を描いて名声を得るのは、彼女が画家を目指した初志に沿ったものなのでしょうか。

 一応、さらに知識を深めるため、アルテはヴェロニカから本を借りて勉強している様子。ヴェロニカが貸してくれた本の著者エラスムスはキリスト教の神学者で、この『Stultitiae Laus』という本は、日本でも『痴愚神礼讃』などの名で訳書が出版されています。当時の人にとっての古典を踏まえて書かれているので、読んで理解するのはなかなか大変そう。原典となればラテン語ですし、アルテにとっても楽ではない代物のようです。

 この先の道に悩むアルテに、ヴェロニカは、レオが考えているだろうこと――より大きな工房に移ることを提案します。
 まだ自分の進む道を決めかねているアルテですが、仕事は待ってはくれません。次なる仕事は、コンチェッタという娘の肖像画。縁談話の相手に送るそうです。現代で云えばお見合い写真といったところでしょう。
 コンチェッタの父親は、縁談がまとまるようにとアルテに色々と注文をつけますが、それは実物とはかけ離れた肖像画を描けということになります。でも、アルテが目指すのは、ありのままのコンチェッタを活かした肖像画。相変わらず寝食を忘れて仕事に取り組みます。
 行き倒れのように寝たアルテを寝台に運ぶレオも慣れたものですが、彼がこの直向きな弟子に抱く感情の全容は、まだ明らかではありません。もしかしたら彼自身にとっても、そうなのかもしれません。
 かくして、コンチェッタの肖像画は完成します。その結果は、アルテに1つの示唆を与えました。良い仕事とは何か。そうアルテに問いかけられたレオの答えもまた、今の彼女の選択を後押ししたところでしょう。
 富と名声か、自分と顧客が気持よく仕事をするのが第一か。それらは両立することもあり得ますが、そうでない場合も多そうです。どちらか一方しか選び得ないものだとして、どちらを選ぶのがいいでしょうか。
 もちろん、唯一の答えはないでしょう。アルテの選んだ道の先に何があるのか、見届けたいと思います。

 ところで、ラファエロやレオナルド・ダ・ヴィンチが「この2~3年で」亡くなっているというアロルド役員長の言葉から、『アルテ』の作中時間は1522年くらいであることが分かります。今巻ラストに登場し、教皇ハドリアヌス6世と思しき男性と親し気に話す女性もまた、この時代の立役者の1人なのでしょうか。ここまでそれほど史実と交錯することのなかった本作ですが、彼女を契機にそうした展開もあるのかもしれません。
 そんなことを考えつつ、巻末の「あとがきたぬきまんが」で当時の持参金事情などを押さえつつ、物語は次巻へと続きます。次なる9巻は7月20日刊行予定。楽しみに待ちましょう。

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