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【一会】『猫瞽女―ネコゴゼ― 3』……その過去に、戦慄と涙

      2018/07/21

猫瞽女-ネコゴゼ- 3巻 (ヤングキングコミックス)

 戦後まもなくソ連に占領され、共産主義が台頭したパラレルな日本を舞台に、擬人化された猫たちによる遊侠活劇を描いた『猫瞽女ネコゴゼ―』。盲目の女芸能者・瞽女(ごぜ)にして三味線に仕込んだ暗殺剣の達人でもある夜梅(ようめ)と、ロシア正教に由来すると思われる“機密”により対象の知覚を遮断する能力を持つ行者の鶯(うぐいす)という2匹の雌猫を主人公に、体制に取り入って甘い汁を吸うならず者や、反革命分子の粛清を名目に弱者を虐げる秘密警察との戦いが繰り広げられるという、渋さ溢れる漫画となっております。

 いちおう、物語当初からの2匹の目的は、鶯の養い親を殺し、兄を収容所送りにした「世界革命執行人」のNo.1“二本尾っぽ”を追うことです。が、蹂躙される市井の猫たちを黙って見ている訳にもいかず。3巻となる今巻は前巻から引き続き、保養に向かった箱根の地にて、賭場であこぎなことをしているヤクザ連中、そして、その上がりを掠め取る民警大尉アントニーダらとの対峙から始まります。
 分量から云うと、この箱根での顛末は今巻の3分の1弱といったところ。ですが、前巻でアントニーダが夜梅たちにやったことの意趣返しに始まる、夜梅の冷徹さが強烈に出ている勝負だと思います。一件落着した後のオチも、荒んだ味わいが濃いこの漫画の中で、一息つけるものと云えるでしょう。

 しかし、帰りの箱根鋼索鉄道(ケーブルカー)の中での一件は、箱根での楽観ムードを霧消させてしまいます。箱根の一件で、何だか仲間のようになった一本独鈷の建治も交えた夜梅たち一行の前に忽然と姿を現したのは、なんと鶯が探し求めていた兄・梟。「うぐいす」の兄ですから「ふくろう」と読みたいところですが、恐らくロシア語なのでしょう、彼の名には「サヴァ」とルビが振られています。ちなみに同じように読めば鶯は「サラヴェイ」になるようですね。
 それはともかく、今はロシアンマフィア「善智なる盗賊(ラズボイニカ)」の一員となった彼が妹に突き付けたのは、煎じ詰めれば、兄に付いていくか夜梅に付いていくかの二者択一でした。この「善智なる盗賊」という組織、名前こそ伏せられていましたが1巻から登場しています。敵であった娥金丸に特殊能力である“機密”を与えた組織ですので、鶯としては兄がそこに所属しているのには反感を抱くことになります。
 兄か夜梅か。鶯の心は揺れますが、決め手となったのは、梟が告げた夜梅の過去でしょう。
 この夜梅の過去こそが、今巻最大の山場であり、叶うならば知らずにいたかったこと、かもしれません。もちろん、何となく幸せな過去ではないだろうなと思ってはいましたが、自分の予想を上回る哀しさと、それによる半ば狂気を彼女は宿していました。
 思えば、この漫画のパイロット版とも云える短編「炎情の猫三味線」(宇河先生の第2短編集『おるたな』〔当該記事〕に収録)の頃から、そういう雰囲気は漂ってはいたのですが、それにしても辛い。『朝霧の巫女』(100夜100漫第56夜)の“こま”さんもそうでしたが、宇河先生の描く猫娘には深い陰があります。
 もう1つ思うのは、“そんなこと”ができる人間(ここでは猫ですが)とは何か、ということです。山本直樹先生の『レッド』などを読んでいても感じるのですが、思想を信奉すること自体によって残酷になっていく、いうことに震えます。

 かくして、同行二人であった夜梅と鶯の心は隔たります。梟の同輩である「人獣(オーボロテニ)」と「人魚(ルサールカ)」(ちなみに今巻の表紙はこの人魚さんですね)と一戦交えたりもしますが、ともかく夜梅は打ちひしがれることに。
 そこへ吉報を持ってきたのは一本独鈷の建治。彼の持ってきた情報とは、鶯と夜梅の旅のもう1つの目的、“二本尾っぽ”についてでした。
 「善智なる盗賊」には夜梅の古巣である瞽女座も接触を図り、“二本尾っぽ”も野望を滾らせ、大一番の予感が漂いますが、ここで今巻は幕。次巻へと続きます。

 そして、巻末の予告によれば、次の4巻でこの漫画は完結となるようです。寂びた瞽女唄と復讐の声音が彩るこの漫画のこと、初手から万事ハッピーエンドは望むべくもないかとも思いますが、それでも彼女たちには一縷の光明が差せば、と願います。最終巻、期して待ちます。

 - 一画一会, 随意散漫 , , ,

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