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【一会】『アルテ 7』……一つの仕事の終わりに

      2018/07/21

アルテ 7 (ゼノンコミックス)

 ルネサンス後期のイタリアを舞台に、貴族出身の少女アルテの画家修業を描く『アルテ』。現在8巻まで刊行されていますが、まずは昨夏刊行の7巻について書きたいと思います。

 名家ファリエル家の若き実力者ユーリに請われ、一家の肖像画を制作し、同時に当主の娘カタリーナの家庭教師を勤めるためヴェネツィアにやってきたアルテ。それらの仕事は今巻でひと段落となり、彼女はある選択を下すことになります。
 ――ですが、ひとまずアルテの話は一休み、物語はしばし、女中のダフネをクローズアップすることとなります。使用人たちの間で密かに行われていた「アルテがカタリーナを教育できるか否か」という賭けにひとり勝ちした彼女が、その儲けをどう使うか、というのが冒頭2話「密事」の骨子と云えるでしょう。

 最初こそ取っ付きにくい印象だったダフネですが、それは真面目さ故という感じですし、アルテとも打ち解けた様子です。そんな彼女から見た主人の弟ユーリは、周囲の人々が感じる「いい人」という印象ではなさそうで(あんな場面を見てしまっては当然ですね)。ユーリを許せないのは彼女自身の許せない部分と重なるから、というユーリの指摘は、的を射たものだったようです。

原文は擬古文ですが現代語訳もあります。

 孤児院の看板からの連想は、ダフネを回想へと導きます。彼女の来歴の詳細は省きますが、森鴎外の「舞姫」を思い出して頂けると、そんなに的外れではないのではと思います。自分の人生をどうするか自分で選ぶことができていたら、というのが彼女の後悔の(と同時にアルテに抱く感情の)根本のようですが、まだ人生これで終わりというわけでもありません。これからを自分で選べれば、それでいいのではないでしょうか。彼女の意に反して、ユーリには好印象のようですし。
 そんなところで、ダフネのお話はおしまい。物語の視点は、アルテの本業へと移っていきます。

 カタリーナの家庭教師としては良好な関係を築けたアルテですが、ファリエル家の肖像画家としての仕事は、どうなったでしょうか。色々な出来事の合間を縫って進めてきたそちらの仕事も、完成の時が近づいていました。しかし、ある日カタリーナたちも伴って見学に行った工房で、案内役の弟子マテイから投げ掛けられた言葉が、彼女の心を掻き乱します。
 「貴族」で「女性」であることは、それまでアルテの画家修行の障害となることが多かったのですが、ここでの言葉は、全く悪意からのものではない、むしろ彼女の境遇を肯定する言葉でした。悩みを紛らわそうとアルテはがむしゃらに勉強しますが、そこに雇い主ユーリが以前からの“提案”を再び持ちかけ、彼女の煩悶に拍車がかかることに。親方レオも側にいないヴェネツィアでは、助言する者とてありません。

 アルテを心配するカタリーナに、ユーリが答えて云うように、画家になるための勉強は多岐にわたるというのは本当でしょう。アルテの時代は、宗教画のために聖書や神話の知識が必要だったということですが、絵を描くための“元ネタ”を押さえるという意味では、現代はもっと幅広い勉強が必要になることと思います。もっとも、それは絵に限らず文芸にも音楽にも云えることでしょうけれど。
 ともあれ、カタリーナの心配は的中し、晩餐会でイカ墨料理を食べて口を真っ黒にしていたと思いきや、重なる過労でアルテは意識を失ってしまいます。ちなみに、アルテを診た医者が「念のため悪い血を抜いて……」と云っていますが、当時その有効性が信じられていた瀉血(しゃけつ)療法は、現代では一部の疾患を除いては治療効果がないとされています。

 ユーリに釘を刺され、ひとまずアルテも無茶は控えるようになります。それでも、肖像画の完成に向けて力が入ることには違いなく。けど、ヒロインですし、お風呂くらいはマメに入っておいた方がよさそうですが^^;。
 そして、まず出来上がったのはカタリーナの肖像画。ひと目見たカタリーナが、その絵を携えて向かった先は、アルテを悩ます一言を投げ掛けられたあの工房でした。
 アルテが「貴族」で「女性」ということは変えようもないけれど、だからといって作品が疎かということにはならない。むしろ、そうした境遇だからこそ描けるものがあるはず。絵を見せた帰りにカタリーナが、そして、アルテに詫びに来たマテイが語ったこととは、つまりそういうことではなかったかと思います。
 マテイはさらに語ります。アルテ達が生きるのこのルネサンスという時代は、絵画が“単なる飾り”から、“見る者を魅了する芸術”へと変容しつつある時代である、と。それは、工房に入って習得する技術よりも、各人固有のセンスが重視される、ということでもあるのでしょう。そういう“変容の時代”を描くために、この漫画はこの時代を舞台としたとするなら、今後の展開がいっそう楽しみに思えます。
 「その才能を/どうか大事にして下さい」というマテイの言葉に、素直に頷いたアルテに、もはや迷いはありません。ソフィアの肖像画を描き上げ、そのまま彼女は、長らく待たせてしまったユーリの“提案”に、返答するのでした。

 かくして、足掛け4巻に及んだファリエル家での仕事は終了。新展開を描いた8巻は、既に今年2月に刊行済みです。懐かしい人も出てくるようですし、さっそく読み進めたいと思います。

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