【一会】『いぬやしき 4』……ヒーローの条件は
2018/07/21
地球外生命体がらみと思しき事故に巻き込まれ、ハイパースペックなアンドロイド(サイボーグ?)になってしまった初老の犬屋敷壱郎(いぬやしき・いちろう)と、男子高校生の獅子神晧(ししがみ・ひろ)。1人は人を救い、1人は人を殺め、いずれ直接対決に至るか…といったSFチックな物語を展開する『いぬやしき』。遅くなりましたが4巻について書きます。
今巻の大まかな要素としては、晧の友人、直行と壱郎が接触したこと、晧は警察に追われる身となったことの2点でしょうか。
不条理に虐げられる恋人同士を救うため、暴力団講談会のトップ会合に単身乗り込んだ壱郎ですが、前巻ラストの攻撃が決定打となり、悟とふみののエピソードは一段落。この一件と、ちょくちょくやっていた難治疾患の患者の治療がマスコミを賑わすようになり、晧の幼馴染みの安堂直行(あんどう・なおゆき)の目にも留まります。彼は、晧のような存在が「もう1人いる」ことに気付き、壱郎さんと接触に成功、壱郎のやってきたことに感動して壱郎を「ヒーロー」で「人間らしい人間」だと称賛します。
以降、壱郎のアシスタントとなることを決意した直行は、今後のためにも(あるいは単純な興味本位で?)、壱郎さんのスペックを調べることに。戦い方や通信方法、飛行能力など、いまいち慣れていない壱郎さんに、晧と同世代の、ITに熟達しSFを見慣れた発想が注ぎ込まれていく様子はなかなか面白いです。内部に組み込んだiPhoneの有効範囲を調べようと直行がひたすら上昇するよう言ったら、宇宙ステーションまで到達してしまった様子は、この漫画には珍しく笑いを誘うシーンだと思います。
一方、手に入れた能力を使って人を殺めたり金を手に入れたり、好き放題やってきた晧の家庭環境が、恐らく初めて明かされます。これまで色々な家庭に立ち入って(今思えば“そこが彼の家”と思わせるミスリード的な演出がされていたと思います)きましたが、本当の彼の家庭は淋しいものでした。幸せな家庭を選んで押し入っていた理由が少し分かる気がします。壱郎さんの家のあまり上手くいってない感じではあるものの、彼ほどではないようにも思えますし。
晧は母のために自分の力を使うことを見出すようになっていきますが、やはり犯した罪は自身に圧し掛かるし、治安当局にも追われることに。飛行しながら涙を流す彼の姿は、破れた衣服のせいか何か宗教画めいて見えます。思考が読めない印象が強かった晧ですが、もとにの身体に戻って喜ぶ夢を見たり、母親の言葉を聞いて殺しを止めようと自戒したりと、今巻では彼の普通さ、小ささが強調されている気がします。
ところで、今巻で自分が気になったのは「ヒーロー」という言葉です。今巻中、直行は2度ほど壱郎のことを「ヒーロー」だと感激し涙しますが、壱郎はこれを否定し、「機械の化け物だと認めたくないから」やっているだけだ、と語ります。確かにそういう面はあると思うし、直行の捉え方もかなり端的と感じますが、それでも壱郎のやっていることはヒーロー的と言っていいと、自分も思います。ヤクザに拉致されたふみのと悟にとって、壱郎は確かにヒーローだったろう、と思います。
ただし、現代科学をはるかに超えた性能を持つ壱郎は、戦えば無敵だし、やりたいことは殆ど何でも思い通りにできます。ここに、ただの人間が力を振り絞って到達するヒーローとは、決定的な違いがあるんじゃないでしょうか。言い換えれば、もしも元の身体に戻ったとしたら、そのとき壱郎さんはヒーローなのかどうか、ということです。この漫画はそうした問いに答えるものではないのかもしれませんが、その辺も考えつつ、読んでいこうと思います。
さて、警察に追われ、母親の下から逃亡した晧の前に現れたのは、彼に好意を寄せる少女、渡辺しおん。彼女が晧にもたらすのは何なのか、気になる所で5巻に続きます。次巻はちょうど年末あたりの刊行でしょうか。楽しみに待ちたいと思います。