第134夜 願いよ、せめて彼女の前で真実となれ…『純潔のマリア』
2018/07/22
「何で邪魔すんのよ!/あたし悪いコトしてないじゃん/お前達は卑怯だ!/地上では皆あちこちで救いを求めているぞ/なのに祈っても祈ってもお前達は全然人を救わない/だからあたしがやっただけだろ」
『純潔のマリア』石川雅之 作、講談社『good!アフタヌーン』掲載(2008年11月~2013年7月)
イギリスとフランスによる百年戦争は収まる気配を見せず、平和を知らぬ子ども達が育つ中世のヨーロッパ。そんな中、なぜか戦場の指揮官が骨抜きになり、撤退していく珍事が散発していた。侵攻を受けていたフランス側の市長は云う。「魔女マリアの仕業だ」と。
とある村にほど近い霧深き森に住み、教会の子羊たる村人も、薬を貰いに密かにそのもとを訪れる魔女マリア。彼女が使い魔のフクロウをサキュバスとして戦場に遣わした、その結果としての戦の回避だった。
強力な魔力を持ちながら平和を願うマリアは、地上の教会には魔女として忌み嫌われ、天の教会を守護する天使からは神の秩序を乱す者として警告され、同類である魔女たちからは稼ぎ処である戦場を荒らすなと口を尖らされる。−-時には、当の人間たちにすら裏切られることも。しかし、それでも彼女は自分のやり方を改めようとしない。
そんな彼女に対し、天の教会はついに最後通告を突き付ける。サキュバスを使役しながらも自らはいまだ純潔の身である彼女は、世界の幸福と己の幸福を引き比べることとなる。−−が、果てのない戦いは彼女の思いとは無関係に激化していくのだった。
悲壮と可笑しみ
別に信仰を持っているわけではないのだが、小学校に上がる前はカトリック系の保育園に通っていた。恐らく、家からいちばん近い保育園だったからだろう。
そんなこともあってか、神様や天使は無条件にいいものだと、割と大きくなるまで漠然と信じていた。だから前にも書いた(第109夜)ように、中学生の頃に触れたTVゲーム『女神転生』シリーズや、萩原一至『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』で描かれた神や天使の無慈悲さには、作中の人物たちと同じようにショックを受けた。
さて、この漫画の舞台は百年戦争の時代のフランスである。主人公マリアは魔女なので、当然、上で挙げた作品群のような神や天使といった諸要素は作中にも色濃く表れてくる。魔女と云っても、五十嵐大介が描いた『魔女』(第105夜)とは少し違う。良く云えば純朴、悪く云えば多分に理想主義なのだ。後に救国の聖女とされたジャンヌ・ダルクが処刑された直後にあたる、終わりの見えない戦争の時代は、マリアの望みの悲壮さを逆説的に物語る。
しかし、そこは『もやしもん』の作者だ。ただ悲壮なだけの漫画にはなっていない。何しろマリアが戦争を止める主要な手段が、陣営に夢魔を派遣し、将兵を骨抜きにする、というものだからだ。そこに加えて、そんなことをする当のマリアは純潔無垢な生娘のままというところが皮肉な可笑しさを醸し出す。主を主と思わない使い魔たちとのやり取りや、幾人かの人物の言葉として発せられる当時の世相を穿った物言いには、やはり『もやしもん』と同じ匂いが感じられ、その生真面目でありながらどこかポップな語り口に、読者は魅了されるだろう。
絵空事は如何にして世界を変えるのか
だが、やはり同じく『もやしもん』にも云えることだが、作者は自身の作品を単なる“面白い漫画”で終わらせる気は毛頭ないのだろう。楽をしようとすれば描くこと自体を避けることも可能な要素を敢えて描こうとする。『もやしもん』で云えば農業や酒造業界の暗部とも云える諸々の要素だし、本作で云えば、すなわち、とある少女の浅はかな絵空事が、いかにして世界を変えるのか、についてだ。
それをマジも大マジに扱って、それでなお説得力ある結末を用意する。そういう無理難題を作者の誠実さは自ら設定し、一定の解決を見出だした、と、自分には読めた。マリアをめぐる誰もが少しずつ変わることで得られた、それは甘い結末なのかもしれないが、純潔なる魔女が見つけた答えとして真っ当なものとも云えるだろう。
同じような世界観の中、何にも頼らずに自らの道を歩もうとする主人公の姿と、その思いの出所を考えるとき、自分には本作が三浦健太郎『ベルセルク』と表裏一体をなす作品に思われる。
この、魔女にしてはあまりに純真で、甘々な理想を掲げたマリアの名をもつ少女の物語は、全3巻という形で一旦ピリオドが打たれたが、最終巻の巻末を見る限り、来年に続編が描かれる模様だ。少し成長した彼女のこれからの物語には、やはり注目せざるを得ない。
*書誌情報*
通常版は入手が容易だが、限定版を今から入手するには中古しかない。
☆通常版…B6判(18 x 12.8cm)、全3巻。電子書籍化済み。
※各巻に付録付きの限定版あり(1巻:使い魔アルテミスぬいぐるみ、2巻:作者画集、3巻:その後のマリアらしき人物を描いた絵本(英語、フランス語と日本語対訳)2冊)。
☆exhibition……B6判(18.2 x 12.8cm)、全1巻。電子書籍化済み。本編の後に発表されたエピソード集。